第105話 不退転

 時間は少し遡り、暗殺者達がグリルラーズ家の屋敷へ向かう前の話。


「……夜、か」


 避難先の別荘にシャルハートはいた。グリルラーズ家の使用人はそう多くないので、避難はスムーズに終えられた。後はガレハドの帰りを待つのみ。

 ――などと、シャルハートは、のんびり待つつもりなんてなかった。

 彼女がガレハドの言うことを素直に聞き、ここまでやってきたのは“あること”をするためだ。


 外に出て、別荘へ向けて手を翳す。前方に光の束が現れる。その束を掴み、シャルハートは上へ被せるよう、手を払った。

 光は別荘を包み込み、半透明状のドームへと形を変える。

 目を細め、確実に魔法が発動したかを確認する。――成功。これで彼女にとっての不安要素は、全て消えた。


「隠蔽効果、それにこの中にいる者に危害を加えようと近づくものに対し、自動的に攻撃を仕掛ける効果を持つ防御結界。……あまりこういう魔法は使わないから、改良するのに苦労したけど、上手く発動してよかった」


 魔法を極めた者であるシャルハートにとって、既存の魔法を組み合わせて、望む効果を持つ魔法を作り上げることなど朝飯前。

 彼女がわざわざここまで来たのは、この魔法を避難先に施すためだった。

 これで自分の留守中に別働隊が来ても、十二分に対応できる。万が一この防御結界を突破されたとしても、別荘内のあらゆる場所に仕込んだ自立式ゴーレムが対応するという二段構え。


 シャルハートは回れ右をし、ガレハドのいるグリルラーズ家へと向かおうとする。



「シャルハート」



 つい動きを止めてしまった。後ろを向くと、メラリーカがいた。その表情は諦めの色が込められていた。


「……どこに行くのですか? と、聞いたら私の想像外の答えを返してくれますか?」


生憎あいにく、ユーモアセンスは持ち合わせていないもので」


「やはり、あの人の所に行くのですね」


「はい、ここで行かなかったら、私は永遠に後悔するかもしれないので」


 メラリーカの口から『行くな』という言葉は出なかった。代わりに、彼女から手渡された物がある。


「これは?」


 それは黒いケープコートだった。サイズはシャルハートの背丈にぴったり、背中にはグリルラーズ家の紋章である羽と短剣が刺繍されている。


「お父さんからの贈り物よ」


「私に?」


「ええ、貴方がいつかこのグリルラーズ家の主としてふさわしくなったと私が思った時、これを授けて欲しいと頼まれていたの」


「これを何で今……」


「貴方には覚悟と力がある。天秤にかけなければならない生命をその天秤ごと掴もうとする覚悟、それを可能とする力。だから私は今、この瞬間に貴方へ贈るのです。……シャルハート、私は貴方が心底誇らしい」


 メラリーカの腕の中に包まれるシャルハート。それはザーラレイド時代では、絶対に経験することのなかった優しい温もりだった。


「行ってきなさい。そして、あの人を頼みます」


「はい、お母様」


 ケープコートを纏い、シャルハートは人差し指を虚空へ向ける。瞬間移動魔法『空間跳躍リープ』。宙空に門が開かれる。

 飛び込む寸前、シャルハートはメラリーカと目を合わせた。


「行ってきます。お腹が減ると思うので、夜食の準備をお願いしますね」


 メラリーカが頷いたのとほぼ同時、シャルハートは消えていた。



 ◆ ◆ ◆



 暗殺者達はグリルラーズの屋敷へ着実に進軍していた。

 その中には騎士風の男もいる。彼は集団を率いるリーダーの立場にあり、ハンドサインだけで意思疎通をしていた。


(もう少しで屋敷だな)


 あとはこの道を真っ直ぐ行けば、グリルラーズの屋敷に到着する。


「それにしても田舎臭い場所だな。こんな所にあのガレハド・グリルラーズがいるっていうのか?」


 暗殺者の一人がぼやく。


「仕事中だ静かにしろ。……とは言っても、確かにそう思いたくなるのも分かる」


 この道を一言で表すならば、雑に道路を作られた原っぱだ。木がちらほらあるだけで何もない。ただ星空だけは良く見えそうだ。田舎の道路というのは言い得て妙かもしれない。

 だが、いるのだ。ガレハドは確実に。


「しかし気を引き締めろ。“クレゼリアの猟犬”と謳われたガレハド・グリルラーズはその油断に付け込んで一気に食い荒らしてくるぞ」


 騎士風の男はふと、別で動いてるレヴェルスを思い出した。

 仕事は確実と聞いている。しかし、物事には常に不測の事態がつきものだ。

 最悪レヴェルスを待たなくても、ガレハドを抹殺しようと第二のプランを用意しておく。


「……リーダー」


 騎士風の男たちは足を止めた。

 前方に何者かがいる。既にそれぞれ抜剣している。どういう話になろうが、見られた時点で殺害は確定しているのだから。


「……ガキか?」


 月光に照らされ、美しく輝く銀髪の少女が、そこに立っていた。

 腕を組み、仁王立ちをし、暗殺者集団に背を向けている。風になびくは漆黒のケープコート。暗殺者の一人がそこに刻まれている紋章に気づいた。


「グリルラーズの紋章か」


 シャルハート・グリルラーズ。ガレハドには一人娘がいると聞いている。

 こんな時間にグリルラーズの屋敷の近くにいるということはほぼほぼ確定だろう。

 騎士風の男は、思わず口角を吊り上げる。


「恐らく娘だろう。確保しろ、あいつを使って確実にガレハドを殺す」


 暗殺者の一人が“シャルハート”と思われる銀髪の少女へ近づく。


「死にたくなければ大人しくしろ」


 最低限の言葉だけ言い、暗殺者は銀髪の少女の腕を掴もうとする。

 瞬間、暗殺者は宙を舞っていた。

 銀髪の少女による裏拳だ。


「なっ……!?」


「やはり来たね」


 銀髪の少女はくるりと回る。不敵な笑みを浮かべていた。


「私にしてみたら、第二の父親って所かな。まあ一人目は私が物心つく前に死んだらしいから、感覚的には今が一番目の父親みたいな変な感じだけど」


「何を言っている?」


「子供ってのはさ、親のためならばすごい力を発揮できるらしいんだ」


 銀髪の少女が一歩前へ出る。直後、暗殺者たちは皆、悪寒が走った。

 それは激烈な殺気。

 子供のはずなのだ。それなのにあの小さな体から放たれる殺気の、何とおぞましいことだろうか。

 戦場経験がある数名は等しくその場面がフラッシュバックした。ここはさながら戦場いくさば。百、千、あるいはそれ以上の兵力同士がぶつかる地獄の境目。


「だからそれが本当なのかどうか、試させて欲しい。私がたまに出来る親孝行の一つかもしれないんだ」


 一歩前に出ただけで戦場を作り出す銀髪の少女は、両手を横に広げた。

 すると、無数の剣が生み出され、暗殺者集団へその切っ先を向ける。微動だにしないそれらは、さながら決壊寸前のダム。



「――教育してやりましょう。私の名はシャルハート・グリルラーズ。命惜しくない者から向かってこい」



 臨戦態勢の暗殺者集団へ、シャルハートはそう告げた。

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