第104話 殺意の夜

 望遠鏡でようやくグリルラーズ家が見えるような位置にある空家。そこに男が二人いた。

 一人は兜で顔を隠した騎士風の男、もう一人は紺色のフード付き外套で全身を隠していた。

 騎士風の男が隣にいる男へ望遠鏡を手渡す。


「あれだ、見えるな?」


「どれどれ……大きい家だ。あれがグリルラーズの屋敷なんだな」


「ああ。明日の夜あそこにいるガレハド・グリルラーズを抹殺する、それが今回の依頼だ」


「骨の折れる仕事だな」


「その辺は心配するな。兵隊は用意している。骨が折れようが砕けようが、なんとかしてもらうぞ」


「規模は?」


「精鋭十人だ」


 一人の首を取るためだけに十人。それが依頼主がガレハドに対する命の見積もり。“骨の折れる仕事”、正しいではないか。フードの男は既にどこから侵入しようか、頭を巡らせる。


「一人殺るために十人は多いな。俺は必要ないんじゃないか?」


「ガレハドは、かつて反乱を企てた武闘派の貴族と雇われの戦闘屋が集まる屋敷に単騎で乗り込み、それらを皆殺しにしている」


「とんでもないな。貴族ってのはこう、常にワインと悪口を嗜んで心の平穏を保つ平和主義者だと思っていたのだがね」


 貴族に対してのイメージががらっと変わったフードの男。それならば精鋭十人でもまだ足りないのかもしれない。

 人を一人殺すだけなのに報酬がデカい理由がようやく分かった。

 美味しい話には必ず理由がある。そういう時に限って、必ずヤバいことになるとは理解している。だが、彼はそれを承知した。

 やばかろうがなんだろうが、彼には受けなければならない理由がある。


「了解した。それじゃあ手順の確認といきたいんだが」


「我々が先にグリルラーズ家へ突入し、ガレハド以外の人間を殺す。そして屋敷内を混乱させている内にお前が突入し、ガレハドを殺す。その後、速やかに撤退だ」


「電撃作戦だな。けど、やることがシンプルな分、俺は好きだがね」


 騎士風の男から屋敷の見取り図をもらったフード付きの男は、回れ右をした。


「まあお互い頑張って雇い主様に吉報をお届けしようぜ。確か、ウィルキン――」


「その名を口にするな」


 フード付きの男は目の前に突きつけられた剣を無感動に見つめる。命のやり取りが当たり前の彼にとって、こんなことは良くあること。故に対処法も心得ていた。


「ぐぅ……あっ……!?」


 騎士風の男の首にフック付きのワイヤーが絡みついていた。ワイヤーはフード付きの男のベルトから伸びていた。その早業に騎士風の男は命乞いが遅れた。薄れゆく意識の中、剣を手放し、辛うじて両手を挙げる。


「すま……ない……! やめ、ろ、“怪刃かいじん”……!」


 騎士風の男の首からワイヤーが離れ、ベルトへと戻っていく。その際、フックがバックルの一部に形を変えた。初見で見破るのはまず不可能なくらい、精巧な偽装だった。


「気軽に剣を向けるのはおすすめしないな」


「けほ……ごほっ……!」


 酸素を求め、喘ぐ騎士風の男を尻目に、男は今度こそ歩き出した。


「“怪刃”レヴェルス・フラハーレンの名にかけて、やることはきっちりやらせてもらうさ。それじゃあ今度こそオサラバってことで」


 既にレヴェルスは気配を消していた。騎士風の男は辺りを見回すが、この付近にいないことだけは確実だった。魔法、いやこれは技術だ。

 騎士風の男はそっと首元に手をやる。もしも命乞いが少しでも遅れていたら――。あの時のレヴェルスの目には明確な殺害の意思が込められていた。背筋が凍り、まるで何かに急かされるように、騎士風の男もその場所を後にした。



 ◆ ◆ ◆



 やってくる運命の夜。

 静まり返るグリルラーズ家の屋敷。

 メインホールには、ガレハドが両手にそれぞれ剣を握り、不動の構えで立っていた。

 窓から月光が差し込み、照らされるその姿はさながら闘神と呼んで差し支えないだろう。


「……全員避難はさせた。これならば最悪しくじっても私の命だけで済む」


 そう簡単に殺されるつもりはない。しかし、世の中には万が一がある。

 目を閉じ、黙想する。


 グリルラーズ家は王家の障害となるもの全てを刈払い、道を作るのが唯一にして最大の使命。

 常に外敵の血と共にある家に生まれた一筋の希望。


 シャルハート。


(あの子は強い。強すぎる。もはや私が殺す気で掛かっても、勝てるかどうか分からない。だからこそ、メラリーカを任せられる。万が一私がいなくなっても、彼女に襲いかかってくる、あらゆる不幸を跳ね除けてくれるだろう)


 彼はメラリーカに“万が一”があった場合の動きを話していた。

 だが、それはあくまで保険。今はこれから起こるであろう死闘へ集中する時だ。


 そこでガレハドはふと気づいた。

 遅い、と。


 自分ならば、とガレハドは考える。

 この時間は絶好の襲撃の機会。仕掛けてくるならばこの時間だろうと、彼はアタリを付け、待ち構えていたのだ。

 だというのに、何の気配もない。

 屋敷の外に出てみようか思案する。リスクは当然ある。確実に殺すならばそれだけ人数を投入する。

 だからわざわざ乱戦に持ち込みやすい室内を決戦の場に据えたのだ。


 それを放棄してまで様子見をするべきか。


「…………」


 何となくガレハドの脳裏にシャルハートの顔が浮かんだ。

 あの時の、家を出るように話をした時を思い出す。


 確かにシャルハートは避難を選んだ。メラリーカと一緒に馬車に乗り、そのまま避難場所である別荘へ避難したはずだ。


 ――しかし、シャルハートがそう素直に言うことを聞くのだろうか。


 こと、戦闘の話になれば嬉々としだすシャルハート。そんな彼女が聞き分けるのだろうか。


「……まさか、な」


 直後、屋敷の外から爆発音が鳴り響いた!


 襲撃者がこんなに分かりやすい狼煙を上げるだろうか。答えは――否だ。

 ガレハドは気づけば外に飛び出していた。

 これは明らかに戦闘音。つまり、誰かと誰かが戦っているということ。こんな時間に、この屋敷付近に近寄る者などいない。

 爆発が起こる直前まで感じていた違和感、そして今繰り広げられているであろう戦闘。

 自然と答えが導き出される。


「シャルハートか!?」


 ガレハドは無意識に叫んでいた。


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