第103話 グリルラーズ家とは

 ――今日中にこの家を出ろ。


 いきなり言われて、『分かりました。今までお世話になりました!』とはならない。

 何の前フリもなく、いきなりこんな事を言われるとは思っていなかったシャルハート。彼女はとりあえず状況を整理するため、冷静にガレハドから話を聞く必要があると感じた。

 身構えるシャルハートを見たガレハドは、己の口に手をあてる。


「……もしかして私は言葉が足りなかったか?」


「今の言葉の印象を口にさせてもらうと、『問答無用でさっさと出ていけ!』なのですが」


「しまった。全然違うぞシャルハートよ」


「もしかして何かやらかして勘当!? って思うくらいには焦りました」


「いつもやらかしているではないか。メラリーカから聞いているぞ。シャルハートよ、元気があるのは良いことだが――」


「ストップ!! それは違う話になりそうだからまた別の機会でいいでしょうか!?」


 まさかの展開になりそうだったので、シャルハートは慌てて話を打ち切った。立ち上がり、両手をぶんぶんと振り回すシャルハートに、淑女という概念は一切感じなかった。

 ガレハドは何かを言いたそうにしていたが、彼女の必死さに負ける格好となった。


「既にメラリーカには言ったことだが」


 そう前置き、ガレハドは本題に入る。


「単刀直入に言おう。このグリルラーズ家に襲撃予告が来たのだ」


 やはり穏やかな話ではなかった。シャルハートは無言で続きを促した。

 右手人差し指で机の縁をコツ、コツ、と叩きながら、彼は言う。


「我がグリルラーズ家はクレゼリア王にとって、懐に忍ばせる短剣だ。王の道を阻む茨は全て切り刻み、前へと進ませなくてはならない」


 頷くシャルハート。転生してすぐにグリルラーズ家の事を調べた彼女にとって、これは既に知っていることだ。

 もっとも、ガレハドから詳しく聞いたことはない。そんな彼がついに喋ろうとしている。そこまで切迫した事態なのだということは、容易に想像がついた。


「この家は常に外敵の血と共にある。故にこのグリルラーズ……いや、正確にはこの私ガレハド・グリルラーズに恨みを抱く者は星の数ほどいる」


「王家に喧嘩を売る者はいっぱいいますからね。お父様を狙う人は多い、か」


「……驚かないのだな。このグリルラーズ家の役割をちゃんと喋ったのは今が初めてのはずだが」


「薄々勘づいていましたからね。……白状しちゃえば、気になったので色々と調べたことがあります」


「フッ。やはりお前は優秀だ。この話をするにあたり、もう少しこのグリルラーズ家について喋ろうか」


 グリルラーズ家はクレゼリア王国内にある貴族の中でも古株に数えられる家だ。

 当時のクレゼリア王家はいくつかの家に役割を与えた。その中でグリルラーズ家に与えられた役割とは、ざっくり言えば『汚れ役』。クレゼリア王国へ牙を剥く存在を排除し、永き平穏を約束する一族となっている。それは暗君が現れた時にも適用されるのだが、それはまた別の話。

 ガレハドもその一族の使命を受け継ぎ、粛々と仕事をこなしている。相手が誰であろうと、何であろうと。彼に身分や生まれは関係ない。あるのは国に害となるか、ならないか。


「私はこの役割に誇りを持っている。排除してきた者たちに思うことは何もない」


 ただ、とガレハドは言った。


「お前たちに危険が及ぶかも知れないということだけは、常に恐れている」


 シン、とする室内。それに関して、シャルハートは何も言わなかった。本来、そういう感情は切って捨てるべきなのだ。ましてや、鉄火場に飛び込まなければならない者は特に。

 それでもガレハドは吐露した。


「……いつ来るんですか? まさか今夜ですか?」


「いいや、予告状には明日の夜となっている。メラリーカは使用人を連れて一時的に避難することをすぐに選んでくれた」


 強いな、とシャルハートは感じた。

 すぐには選べない。迷うはずだ。それなのにガレハドの気持ちを察し、彼の負担にならない事を選択した。


「だからシャルハート、お前も避難してくれ。お前は我らグリルラーズの宝だ。お前にもしものことがあったらと考えると、私は……」


「そう、ですか」


 ガレハドの実力は良く知っている。その辺の殺し屋はまるで相手にならない。

 だからこそ、彼が十二分に実力を発揮できる場を整えることこそが、今のシャルハートに出来る最大の応援。


「……分かりました。私もお母様と一緒に避難します」


 その言葉を聞いたガレハドは安堵のため息を漏らした。


「ありがとう。正直な所、意地でも残ると言い出すかと思っていた」


「いえ、私もお父様の邪魔になりたくありませんから」


 すっと立ち上がり、シャルハートはガレハドを見つめる。


「私は私の出来る事をやりたいと思います」


「あぁ、頼むぞ。特にメラリーカを守ってやってくれ。お前もだが、あいつも私にとっては宝なのだ」


 ガレハドの目は既に戦士のソレとなっていた。

 来たるべき戦いに向け、彼のマインドセットは既に完了している。

 それを、シャルハートは痛いほど理解していた。


 ガレハドの言う通り、既にメラリーカは避難の段取りを組んでいた。今日中には確実に避難できる。

 動き回るメラリーカの表情は優れない。美しい顔立ちが不安で塗りたくられていた。


 それぞれの思いが飛び交う中、運命の日が近づいてくる。


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