第107話 “怪刃”

 ガレハドはシャルハートがいるであろう戦場へ向かっていた。


「シャルハート……やはり来たのか」


 遠くから感じる魔力はどう考えてもシャルハートのもの。そして、その付近にいる感じたことのない気配は予告を送った者たちと見て間違いない。

 ガレハドは乱れそうな心を必死に制御していた。シャルハートにもしものことがあれば、腹を切るしかない。シャルハートは強い、ということは十二分に理解していた。しかし、それでもガレハドは子を案じた。


 だからこそ、ガレハドは死角から近づく影に気づくのが遅れた。


「むっ……!」


「ほう!」


 ガレハドの双剣が受け止めていたのは頑丈そうな短剣だった。短剣の持ち主である男は跳躍し、即座に距離を離した。その拍子に、纏っている紺色のフード付き外套がはためいた。

 着地と同時に、襲撃者の男はひらりと舞う布の切れ端に気づいた。


「……まさか、逃げ遅れたのか? 俺が?」


 布の切れ端の正体はフードの一部だった。あと一歩逃げるのが遅れていたら顔をばっさりと斬られていた。

 何という早業。これこそが汚れ仕事を生業としているグリルラーズ家の当主。

 男は感動と落胆を覚えていた。貴族の中にもこれだけ腕の立つのがいたことに対する感動、そしてやはり楽な仕事ではなかったことに対する落胆だ。


「私を襲うのだ。叩けば埃が出てくる者からの命と見た」


「さあ、どうだろうな。ただこっちも仕事で来ている。もし殺されても何の恨みも抱かないことを誓おう。だから、あんたもそうしてくれると嬉しい」


 フード付き外套の男――レヴェルスはそう言うのとほぼ同時に、ガレハドの視界から消えた。


「む……!」


 頭は地面側、脚は空側。跳躍し、体を捻るレヴェルス。彼はガレハドの頭上にいた。そのまま彼はガレハドの背後に着地し、短剣を振るう。

 月光が煌めき、一筋の光線となった白刃が阻まれる。


「素早いな。だが!」


 ガレハドが突きを繰り出した。幾多もの相手を屠ってきた彼の得意技である。その突きは城壁すら貫く。

 受け止めたレヴェルスは顔を歪ませた。衝撃で外套が大きくはためき、握っていた手のひらに強烈な痛みが走る。辛うじて後退し、突きの衝撃を反らせていなければそのまま脳を揺らされていた。


「……たった一回の突きでこれか」


 手袋を脱ぎ、右手のひらを見る。毛細血管が切れに切れ、紫色になっていた。これを身体に喰らえばどうなることか、想像するのも嫌になるレヴェルスだった。

 レヴェルスは気持ちを切り替え、これからの段取りを考える。

 騎士よろしく正々堂々真正面から切り合うのは無謀。それを行うための得物のリーチがまずお話にならない。


(下手くそな剣士ならさっさと組み敷いて、首筋ズバリで良いんだけどな。ガレハド相手にそれは自殺行為か。そうなると、やはり“こういう戦い方”になるよな)


 天空を見上げたレヴェルスの口角が吊り上がった。

 彼の思惑など何も知らないガレハドの脳内は一刻も早くレヴェルスを抹殺することにあった。

 シャルハートがやられるということは考えにくいが、それでも急がなければならない。


らせてもらおう!」


 『肉体強化ストレングス』を発動。ただでさえ高い身体能力を更に底上げし、ガレハドは弾丸のごとき速度で突撃した。

 一直線の攻撃。単調さがある。眼の良いレヴェルスにとってはあくびの出るほど遅い攻撃。

 ガレハドの手首が不自然に動いた。瞬間、魔力で構成された短剣が飛び出した。


「小技を……!!」


「グリルラーズの剣に小技はつきものだ。覚えておいてもらおうか」


 少し力を入れたら割れるガラスのような強度だった。一振りで短剣を破壊したレヴェルス。しかし、突撃してくるガレハドに対し、回避行動が遅れてしまった。

 黙っていたら魔力の短剣は急所を直撃する。回避、あるいは防御を行えばその行動の隙を本体であるガレハドが喰らいつく。

 もはや選択の余地はなかった。


「ちっ……」


 ガレハドが双剣を交差させて一気呵成いっきかせいに振り抜いた。しかしその剣の軌道にはレヴェルスの姿はなかった。前後左右どこにもいない。いや、頭を上げるとすぐに見つけることが出来た。


「詫びよう。俺は出し惜しみをせずに戦うべきだったと」


 距離にしてみたら数メートル。レヴェルスは中空にいた。

 浮遊魔法を使った形跡はない。しかし、目を凝らすことでガレハドはそのタネに気づくことが出来た。


「ワイヤーフック……」


 気づけば上には、小型の岩石が浮いていた。真ん中は細長い直円柱、両端が傘のようになっている。

 ワイヤーの先端にあるフックがその直円柱に引っかかっていた。そこを支点にワイヤーを巻き上げ、レヴェルスは自身の身体を持ち上げたのだ。

 レヴェルスは身体を持ち上げると、そのまま器用に小型岩石の上へ乗ってみせた。


「短剣、そしてワイヤーフック。そうか、お前が界隈最強と謳われる殺し屋“怪刃かいじん”なのか」


「それは先代の爺さんのことだな。俺はまだまだその背中を追う半人前さ」


「……二代目、やはり“怪刃かいじん”が死んだというのは本当だったのか」


「老衰でポックリとな。でもまぁ妥当な所だろう。けど聞いてくれよ。死ぬ前日まであの爺さん元気でさ、百と三の年齢になってようやく『ワシはようやく強くなり始めた』とか言い出しやがったんだ。一体何人殺してきてそんな台詞吐けんだよってツッコミ入れちまったよ」


 一息入れるレヴェルスはじっとガレハドを見つめる。息一つ乱れていない。多少は消耗させられたと思ったが、甘かった。

 レヴェルスは浮いている岩石に飛び移りながら、着実にガレハドとの距離を詰める。


「だからそんな爺さんから授かった技、あんたにも味わってもらおうか!」


「む……!」


 上空から降りてきたレヴェルスは短剣を突き出す。矢のような速度で迫る突きを片手で捌き、もう片方の剣でレヴェルスを斬ろうとガレハドは動く。

 しかし、レヴェルスの身体は斜め上に引っ張られていった。


 ガレハドは嫌な予感がし、すぐにその背後へ意識を回す。

 すぐに感じる殺気。いつのまにか背後にいたレヴェルスの凶刃が迫る!


「掴みづらいこの動きは何とも形容し難い……!」


 ワイヤーフックで強引に身体を引っ張ったレヴェルスは、すぐにそれを解除、中空に浮かぶ岩石を何度も蹴り、ガレハドの背後を取ったのだ。

 動きを掴みにくい三次元的な動き。強靭な肉体、無数にある岩石の位置把握、ワイヤーフックを狙った所に間違いなく飛ばせる射出技術、そのどれもが高いレベルでなければ不可能な芸当。


(シャルハート……私は無事にお前と会えるか分からなくなってきたな)



 ――強敵。



 掛け値なしの評価が、ガレハドに重くのしかかる。

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