第7章 “怪刃”

第99話 シャルちゃん

 皆にとってはいつもの学園生活、だがシャルハートたちにとっては取り戻せた平和。

 いつも通りの登校、いつもどおりの挨拶。その流れにシャルハートもいた。てくてくと歩いてると、後ろから声が聞こえた。


「おはよう! シャルハートさん!」


「ミラ! ……でも、その呼び方はもうやだなー」


「うっ……! や、やっぱりあの呼び方の方が良い?」


「もちろん!!」


 彼女の即答に、ミラは顔を真っ赤にしながらもこう呼び直した。


「しゃ、シャルちゃん……」


「うん! それが良い!」


 思わず満面の笑みを浮かべていた。その笑顔を見たミラもつられて笑顔を浮かべる。

 あの時以来、シャルハートはミラへあだ名で呼ぶように頼み込んでいた。何せ、ザーラレイド時代から今の時点まで振り返ってもいなかったのだ。あだ名で呼ぶ者が。

 だからシャルハートが血眼になって懇願するのも無理はないだろう。


「は、恥ずかしい……あの時はつい勢いで呼んじゃったというか前々から呼んでみたいな~……って願望が表に出ちゃったと言うか、うぅ……」


「ううん。どんどん呼んでよ。私、前世じゃそういうの呼ばれたことないからとても嬉しい!」


「ぜ、前世の話持ってくるのはずるいよ~!」


 そんな話をしていると、遠くからリィファスがやってきた。


「やぁシャルハートさん」


「リィファス様、今日も弾けるぐらいのイケメンですね~」


「ふふ、何だか嫌味に感じないのはシャルハートさんの良い所なんだろうね」


「そうですよ。私、いつも嫌味を感じさせない事で有名なんですから」


「ザーラレイドの時もそうだったのかな?」


「あーリィファス様までそこ持ち出すとは!」


 しばらくはこのネタでからかわれそうだな、とシャルハートは腹をくくることにした。


 シャルハートはザーラレイドの転生体。


 この事実は今の所、ミラ、リィファス、アリス、エルレイ、サレーナが知っている。いや、もう一人、グラぜリオがいた。


 今日は授業終わりにルルアンリに呼ばれていた。グラゼリオがしでかした一件の顛末を教えてくれることになっていたのだ。

 シャルハートとしても、あれで何もなく終わりにはしたくなかったので都合が良い。

 あれから特別なことは何も起きていない。ルルアンリが上手く収めたことは間違いない。

 だからこそ彼女は自分がザーラレイドだということを隠し通すのは難しいと思っていた。


 古の魔王ゼロガ。

 伝説の存在を単騎で打倒したというのは、そう簡単に誤魔化せる内容ではない。

 聡いルルアンリがその可能性を一瞬でも疑ってしまえば、ずるずると事実を引っ張り上げていってしまうだろう。


 どう話をしょうか考えていると、後ろからサレーナがやってきた。


「シャルハートおはよう。今日こそ戦おう」


「おはようサレーナ。でも、戦いはまた今度かな」


「……シャルハートは意地悪だ。“不道魔王”は挑戦を受けてくれないの?」


「残念。私はもう“不道魔王”じゃありませーん」


 ふくれるサレーナ。彼女は一番気にしていない人間だったのかもしれない。戦うことが出来れば良い彼女にとっては、相手が何者かはさしてどうでもいいことなのかも知れない。

 強いて言うなら、前よりも戦闘に誘う回数が増えたということだろう。


 そう言っている間にチャイムが鳴った。

 そこでシャルハートはふと思った。


 ――先生って誰になるんだろう。


 リィファス達に聞いてみる。彼らもそれは分からないようで、首を横に振った。その時点でシャルハートは考えるのをやめた。

 扉が開かれる。


「皆さん、おはようございます! そして初めまして」


 現れたのは、ふわふわのベージュ髪の女性だった。彼女の姿を見て、一同どよめく。特に男子のざわめきが大きい。

 男女問わず、その視線ははちきれんばかりの豊満な胸に集まっていた。男子喜ぶ、女子羨む、地獄絵図だった。

 早速、女性は黒板に自分の名前を書いていく。


「私はプリシラ・ライラネールと申します。体調不良でしばらく休職することになったグラゼリオ先生の代わりを務めます。よろしくね」


 頭を下げ、上げる。たったそれだけの動作で“揺れる”。思春期の男子にはただの劇物。歩く性癖歪めウーマン。男子共の脳の稼働率は限界まで上がっていた。

 シャルハートはプリシラの話で色々と納得していた。


(そうだよな。そういうことにしておくのが無難か)


 余計な混乱を避けるため、グラゼリオ・ベガファリアを自然にフェードアウトさせるにはそういうことにしておくのが一番なのだ。

 ふと、シャルハートはプリシラと目が合ったことに気づいた。


「貴方もしかして、シャルハートさんですか?」


「え? あ、はい。そうです。シャルハート・グリルラーズです」


 それを聞いたプリシラは嬉しそうに手を叩いた。


「グラゼリオ先生が残した引き継ぎに書いてた子ですね! とにかく厄介な子だったと聞きます。一体どんな事をしてくれるのか楽しみにさせてもらいますね」


「それ本人の前で言いますかね……」


 プリシラ・ライラネール。

 確か、このクレゼリア学園はルルアンリが自ら選んだ人間しかいないと聞く。ザードといい、ルクレツィアといい、グラゼリオといい、一癖も二癖もある人間しかいなかった今まで。

 “ルルアンリが目をつけた人間”、これだけでもう警戒対象なのだ。


 しばらく変なことはしないようにしよう、とシャルハートは何となくそう決めた。

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