第98話 幸せ
「理由は一旦置いておくけど、私はザーラレイドの生まれ変わり」
はっきりとシャルハートは言った。
それを黙って聞くミラ。
「ミラはザーラレイドについて、どこまで知っている? ヴィルハラ平原でアルザとディノラスに討たれた所までかな?」
ミラが無言で頷いたのを確認し、シャルハートは続けた。
とは言っても、シャルハート自身もそこまでしか覚えていない。気がつけば、“シャルハート”になっていたのだから。
ただ、唯一分かることがある。
「『入れない棟』で見たと思うけど、私は蘇生魔法が使えるんだ。だけど私はヴィルハラ平原の決戦でそれを解除した。死ぬためにね」
「そんな……!」
「そう驚く事じゃないよ。私は世界に刃向けた存在だからね。然るべき報いを受けなくてはならない奴なんだ」
「シャルハートさんはどうして戦いを挑んだんですか? 私は、シャルハートさんがやりたくてやったようにはとても思えません」
ミラの本心である。
過程はどうあれ、ミラが出会ったシャルハートは善人だった。そんな人間が世界に望んで戦いを挑んだとはとてもじゃないが思えなかった。
「それは……」
気づけばシャルハートは口を閉じていた。“それ”を一番に言わなければならない者達がいる。言うのならば、その後だ。
本題から逸れていたのもあり、シャルハートは少し強引だが、話を戻した。
「それはちゃんと話す。けどその前に、私が皆の事をどう思っていたかを話すね」
天井を見上げながら、シャルハートは言った。
「あり得ないくらいに楽しい気持ちにさせてくれる人たちだと、そう思った。前世では体験できなかった事ばかりでさ。それに……友達が沢山出来た。全部全部、ミラ達がいなければ叶わなかった」
気づけば笑顔を浮かべていたシャルハートは今の気持ちを言葉に変えた。
「ありがとう。すごく感謝しているんだ皆には。特にミラ」
「わ、私?」
「そう、キッカケはさておき、ミラが一番初めに出来た友達なんだ。ミラがいてくれたから私はこの生命の時間が楽しいと思えた」
だから、とシャルハートは続ける。
「私は皆の元から離れることにする」
「え……」
思わずミラはシャルハートに近づいていた。
「な、何で!? 何でそんな事を言うの!?」
「経緯はどうあれ、私は皆を騙していた。ザーラレイドの転生体だということを隠して、皆と触れ合っていたんだ。私は私が大事にしたい友達に嘘をついていた。……また嘘をついたんだ。アルザとディノラスで最後にしたかったのにね」
ヴィルハラ平原でのついた決別、あるいは最後の嘘。
そう思っていた直後にやってきたこの転生。だからシャルハートはもう嘘はつかない、とそう決めていた。
そのはずだったのだ。
だが蓋を開けてみればこうだった。ならば、もうシャルハートはけじめを付けるしかない。
ミラが口を小さく動かす。何を言いたいのかは分からない。分からないが、ちゃんと聞こうと耳を傾ける
「――か」
かろうじて聞こえた声。だが内容が分からない。聞き返すと、それで覚悟が決まったのか、ミラの目つきが鋭くなる。
彼女はおもむろに右手を上げた。
「シャルハートさんの馬鹿!」
パチン、と乾いた音が室内に鳴り響く。打たれた方の頬に痛みが走る。シャルハートは手で押さえることもなく、ただミラをじっと見つめる。
彼女の両目からは涙が溢れていた。
「私は一言もシャルハートさんを責めてない! むしろありがとうなんだよ! シャルハートさんがいなかったら今の私はない! 勝手にいなくなられたら困るよ!」
「だけど、私は!」
「だけどじゃない! 私はシャルハートさんと……『シャルちゃん』のお友達なんだよ! 初めて出来た私のお友達! だから、いなくならないで! また私達と一緒にいてよ……!」
何度も何度も涙を拭うミラ。
そんな彼女になんて声を掛けたらいいのかが、分からなかった。
「はぁ……そこですぐ返せないようじゃまだまだね」
扉が開かれた。
そこにはアリス、エルレイ、リィファス、サレーナが立っていた。皆、なぜか呆れたような表情だった。
「皆も……」
「シャルハート。貴方が色々強い理由は分かったわ。そして、納得した。それはさておいておくことにする。けど――」
アリスがつかつかと近寄り、ミラを指差した。
「彼女に対して、そして私達に対して言う言葉はもう決まっているでしょう? 離れるなどと、そんな事を聞くために私達はここに来ていません」
握り拳を作り、トンと軽くシャルハートの胸を叩く。
「シャルハートの本当に言いたいことを言ってください」
ここまで言われて、言葉を考えることは無礼。
気づけばシャルハートは曝け出していた。
「私は……皆といたい。結果的に騙すようなことになったけど、私は皆といたい。世界を敵に回した奴が今更何を言っているんだと思うかもしれないけど、私は皆といたいんだ」
口に出してみれば、実にシンプルだった。
結果的にはそういうことなのだ。自分の前世に負い目を感じ、この安らぎを取り上げられたくない。実に利己的、自分のことしか考えていない。
だが、それでもアリス達は微笑んだ。
アリスがミラの背中を軽く叩く。すると、ミラは完全に涙を拭い去り、こう言った。
「ザーラレイドさん、そしてシャルハートさん。改めてお願いします。友達になってくれないかな?」
「……断れる訳、ないよ。あぁ……私は、なんて――――」
目を閉じた。言葉を噛み締め、現実を味わう。
運命というものは信じていなかった。幸運というものも信じていなかった。どちらも自分で引き寄せるべきものなのだから。
だから、こうなるとは絶対に思わなかった。それが許されぬ身なのだから。
あぁ、自分はなんて――幸せなのだろうか。
全ての憎しみを集めた先に辿り着いたこの場所。
シャルハートはもう皆に対し、負い目を感じることはないだろう。
友達が。
全てを知ってもなお、いてくれようとする友達がいるのだから。
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