第71話 決死の肩車

「シャルハートシャルハート! 面白い所見つけたよ!!」


 それは昼休みのことだった。

 教室の扉を勢いよく開け放ち、エルレイはそう言い放つ。

 丁度お弁当を食べ終わったシャルハートとミラ、サレーナ、そしてリィファスはそれぞれ顔を見合わせた。


「えっと……エルレイさん、一つ良いかな?」


「何リィファス王子?」


 リィファスは一瞬他の三人へ視線を向けると、皆軽く頷いた。それを確認したリィファスは代表して、質問をすることにした。


「何でアリスさんを肩車しているの?」


「そうよ、早く私を解放しなさいエルレイ。何でこうなっているのか分からないけど、今なら拳骨一発で許してあげるわよ」


 肩車しているエルレイ、そして片手は固く握りしめ、もう片手はスカートを押さえるアリスがそこにいた。

 青筋を立て、怒り全開のアリスの両足はエルレイによってがっちりと固定されていた。下手に暴れると危険だということをアリスも分かっているからこそ、いつもなら既に落とされているはずの拳骨が落とされていないのだ。

 リィファスは少し目のやり場に困っていた。


「拳骨半分にしない?」


「チョップってことね。良いでしょう、身体能力を強化する魔法を使って一撃で割ってあげるわ」


「どこを!? というかアリスがそうやって怒るからボク、アリスを降ろせないじゃんよー!」


「最初から私を肩車なんかしなきゃ良かったのよ!」


 ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人。ヒートアップしてきたのか、たまにバランスが悪くなっていた。

 それを見かねたミラが立ち上がった。


「えと、エルレイさん。そろそろ降ろしてあげないと本当に危ない事になりますよ」


「だ、だってだって! アリスの殺気がさっきからボクを串刺してるんだよ!? 降ろしたら人死が出る!」


「あの、アリスさん。一旦怒りを鎮めることは……」


「エルレイに対して甘い態度を取れば付け上がる。これは世界が知っている常識ですよ」


「でも、理由次第では仕方なかったかもしれませんよ……?」


 両手を握り、胸のあたりに持っていき、そう言うミラ。アリスは僅かに震えている彼女に対し、これ以上は何も言うことが出来なかった。

 ちらりとシャルハートの方を見ると、笑顔だった。


「にこっ」


「いや、それ口に出して言うものでは……はぁ、分かりました。分かりましたよ、私の負けです」


 ミラに対して強く言った後の末路が見えていたアリスは、そこで折れることにした。彼女は両手を挙げ、エルレイに言う。


「エルレイ、とりあえず何もしないと約束するから降ろしてくれませんか? ……皆さんに感謝してくださいね」


「ありがとうございます皆さま」


「エルレイさんって敬語使えたんですね」


 シャルハートの一言に皆、同調したように頷いた。茶化そうにもうっすらと涙を浮かべているエルレイを見てしまっては、誰も何も言うことは出来なかった。


「……ふう、一気に視点の高度が下がったからか、妙な感じですね」


「アリスさんの怒りも下がってくれたみたいで、本当に良かったぁ」


 ミラがもう一度椅子に腰を下ろした辺りでサレーナが口を開いた。


「……それで、面白い所ってどこ?」


「あ、そうだ! ね、皆ってちっちゃな城みたいな建物があるの知ってる? この学園の丁度真ん中辺りにある所なんだけど!」


「ちっちゃな城……?」


 ピンと来なかった皆が首を傾げる。

 やがてリィファスが思い出したのか、手を叩いた。


「あそこか。『入れない棟』の事だ」


 シャルハートはその単語を耳にしても、良く分からなかった。そもそもそういう建物があったのかという段階だ。

 だが、皆は違うようだ。


「……なるほど、あそこ」


「さ、サレーナは知ってるの?」


 その事実にシャルハートは震えた。

 サレーナはそういうのは知らない、という謎の驕りがあり、完全に“こちら側”だという認識でいたのだ。

 苦し紛れに手を握り、彼女に語りかけるシャルハート。その姿に、かつて世界を震撼させた“不道魔王”の面影は感じられなかった。


「シャルハートは知らなかったの……? 皆の中でたまに噂になる」


「……ミラ?」


 名前を呼ばれた彼女はひどく申し訳無さそうな顔をして、頭を下げた。


「……ごめん。知ってた」


「そんな馬鹿な」


 膝から崩れ落ちたシャルハート。ザーラレイド時代では一度もつけたことのない膝を今この瞬間、つけた。


「私もしかしてそういう噂話に疎い?」


「えっと……かなり?」


「止めてミラ! その追撃は痛いよ! 私、絶好調の時はどんな攻撃でも一切通さなかったのにこれはすっごい効く!!」


「ご、ごめんねシャルハートさん!」


「……コントはそれで終わりかしら?」


「この私の落ち込みようを見てコントは中々言いますねアリスさん」


 遠い目で反論するシャルハートを見て、アリスはため息を一つついた。


「絡まないでください。…………『入れない棟』というのは文字通り入れない棟です。見た目はエルレイが言ったとおり小さな城で、屋根と外壁は白、そして最大の特徴としては“扉がどこにもない”ということなんです」


「アリスさんって何だかんだでちゃんと説明してくれますよね」


「……何のことでしょうね。それでエルレイ、そこがどうしたんですか?」


「あそこに入れる所を見つけたんだ! 放課後皆で行かない!?」


 突然の提案にエルレイ以外のメンバーはつい顔を見合わせた。

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