第72話 探検隊、出発!
放課後。
シャルハート達はエルレイの指示通り、『入れない棟』の前までやってきていた。皆、辺りを見回すが当の本人がまだ来ていないようだった。
「アリスさん、エルレイさんってどこに行ったんですか?」
そう聞くシャルハートは何となく返ってくる答えが分かっていた。そうでなければ、アリスがこんなにも不機嫌そうにしている訳がなかったのだから。
「『ちょっと準備してくるよ!』だそうです」
「準備……?」
彼女には似合わない単語が出てきてしまい、一瞬フリーズする皆。
しかし、その疑問はすぐに解決することとなった。
「お~い皆~! お待たせ~!」
「ようやく来た。エルレイ、貴方一体何を……」
そこでアリスは言葉を止めてしまった。
エルレイは肩に掛けたものを大げさにはためかせた。
「どう!? エルレイ・ドーンガルドの探検者スタイルだよ! かっこよくない!?」
どこで拾ってきたのか、エルレイはまるでおとぎ話の勇者を思わせるようなマントを着用していた。勇者の娘ということもあり、妙に似合っている。
もちろんこれにはアリスもお怒り。いくらエルレイにとってワクワクするような事でも、彼女にしてみれば奇行の一つなのだ。
「……一応聞きますけど、“それ”何かの役に立つのかしら?」
「かっこいい!」
「エルレイに意味を問おうとした私が馬鹿でした」
「もしかしてアリス今、ボクのこと馬鹿にした?」
腰の双剣に手を掛けるエルレイ。それに対応するよう、アリスも腰の剣に手を掛ける。
そして始まる死闘。互いのプライドを懸けた戦いのゴングが鳴り響く――!
「はいはいはい。始まりませんから止めましょうよ。戦いが始まったら時間的にもうお開きですから」
「はっ! そうだった! シャルハートはやっぱり頭良いね! ボク、すごいと思う!」
「あっはっはっは! 言われ慣れてる! それは言われ慣れてますよエルレイさん! ありがとう!!」
腕を組み、高笑いをあげるシャルハート。それを見ていたミラは何となくどこかの悪役っぽいな、という感想を抱いてしまった。
「で、でもエルレイさんのマントかっこいいです! 勇者様って感じがして」
「うぇへへへ。ミラからそう言われると何だかボク照れちゃうなぁ」
すかさずシャルハートはミラとエルレイの間に割って入った。
「で? ここにはどうすれば入れるんですか?」
「ちょ、顔怖いよシャルハート」
自分以外の者がミラから褒められるだなんて許せないシャルハート。感情は顔に出ており、エルレイを萎縮させるには十分過ぎた。
それでようやく頭の冷えた彼女は皆を手招きする。
そこは『入れない棟』に近い何の変哲もない地面だった。規則正しく並べられた石畳。ここに一体何があるというのか、皆それが分からなかった。
「こっちこっち」
エルレイがしゃがみ、石畳の一つに手を伸ばした。少し離れるよう手でジェスチャーされたので、それに従うと彼女は驚くべき行動に走った。
「えいっ」
何と石畳の一つを掴んだかと思えば、それを取り上げたのだ。
真面目なリィファスが真っ先に声をあげた。
「ちょ!? エルレイさんそれはどうかと思うよ!? 今ならまだ修繕費は安く抑えられるだろうから早く先生に――」
「待って、リィファス王子」
サレーナが手でリィファスを制した。次に彼女はエルレイの近くまで歩いていくと、石畳の下にあった物を指差した。
皆がサレーナの指差した方向を見ると、そこには何とドアノブが隠れていた。
「ドアノブ……? 何で?」
ミラが皆の気持ちを代弁する。
「これを、こうする!」
エルレイがドアノブを捻ると、辺りに光の線が走る。他の石畳がずれ、そこから下へ降りるための階段が出現した。
「なっ……! 階段!? こんな所に?」
「ふっふーん! アリス、驚いているね? ここを発見したボク、すごいでしょ!」
「ど、どうやってこんな所を……」
「ここでお昼寝してたら何か妙な感じがしてそれで見つけられたんだ!」
「貴方って子は……少しは勇者の娘という自覚を持ちなさい」
再び始まろうとしているアリスとエルレイの口喧嘩。ミラとリィファスが仲裁に入っているのを横目に、シャルハートは『入れない棟』を見つめていた。
(何だろうこの建物は……いや、建物と呼んで良いのかなここは)
口には出さず、シャルハートはそっと外壁に手を触れる。
(……魔力と物理両方に対する防御魔法が施されている。そして破壊耐性を持たせるための自己修復機能、それにそこまで強固ではないけど人の意識を反らす魔法、『
出入口となる扉が無いわけだ――シャルハートは一人納得していた。同時にこんな土地のど真ん中にこんな物を建造した胆力にも驚かされる。
これは何かを強烈に守っているであろうことは間違いない。そうでなければ、こんなに頑丈な守りにする訳がない。
脳裏を
ここは慎重にいきたい、そう考えたシャルハートはエルレイへ声をかけようとした。
しかし、時既に遅かった。
「おーい皆~! 行こうよ! 日暮れちゃう前に中探検しようよ~!」
既に階段を降りていたエルレイ。それを見たシャルハートは何だか考え事をしていたのが馬鹿らしくなってしまった。
仮に何があろうと、全てを粉砕するのが
気合を入れるため、両頬を軽く叩いたシャルハートはエルレイに続いた。
「そういえばエルレイさん」
「ん~?」
「マント、似合ってますよ。マントというのは覚悟や力の象徴です。今のエルレイさんにはとてもお似合いです」
昔、自分も外套を身につけていたせいもあり、何だか懐かしくなってしまったシャルハートである。
シャルハートが懐かしい感情を抱いているなど、一ミリも知らないエルレイはただ、“にぱーっ”という擬音が相応しい笑顔を浮かべていた。
「え! そう!? ありがとうシャルハート! 大好き!」
「シャルハートさん……エルレイを甘やかさないでください」
何故かアリスが不機嫌そうにしていた理由は、誰にも分からなかった。
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