第69話 やってきたぞウルスラ先輩!
アルザとディノラスと話して数日後のことである。
「こんにちはシャルハート。ウルスラ先輩ですよ」
「回れ右してそのまま去ってください」
「先輩にする態度じゃねーんですよね」
廊下にピリリと緊張感が走る。
相対するはシャルハート・グリルラーズ、そしてウルスラ・アドファリーゼである。
一日の授業が終わり、帰ろうとしたらばったり出くわしてしまったのだ。
「先輩……先輩? い、一体どこにいるんですか!? 失礼のないようにしなくては!」
「あれ? すいません、くそ銀髪さんはもしかして目に問題がある方でしたか? ならば声掛ける相手を間違えてしまいましたよ」
シン、とする一帯。
二人はにこりと微笑みを浮かべる。その様はまるで社交パーティーで挨拶をするかのように。
次の瞬間、静寂を切り裂くように二人の煽り合いが始まった。決して悪口は飛び出していない。あくまで、丁寧に、そして優雅に、世間話をしているだけなのだ。
一通り終わると、二人は深呼吸をした。顔は上気し、一運動終わったような爽やかな汗が流れていた。もちろん気のせいである。
「で、何の用ですかウルスラ先輩」
ようやくシャルハートは真面目に話を聞こうという態勢を整えた。
「ちょっとお手伝いしてもらいたい事があるんですよね」
「お手伝いですか? その辺の人……というか同級生に頼めないんですか?」
「こんな雑用、どこかの銀髪少女にしかお願いできませんよ」
「何か当たり強くないですか?」
「その言葉、そっくりそのままお返ししましょう」
断じて、シャルハートはウルスラの事が憎い訳ではない。ただ、何だかいちいち癇に障るだけなのだ。
「はぁ……まあ、良いですよ。今日は何も無いですし、お付き合いします」
「おお! ありがとうございますシャルハート、ダメ元で声かけてみるものですね」
「で、何をするんですか?」
「これです」
そう言ってウルスラが懐から取り出したのは長方形の薄い紙だった。訂正、ただの紙ではない。
「へぇ、条件満たせば起動する封印魔法ですか。中々凝った代物ですね」
ウルスラはシャルハートの指摘に目を丸くする。
「分かるのですか? ひと目見ただけでは分からないように作ったんですが」
「これウルスラ先輩が?」
「ええ、すごいでしょう私」
「自分で言わなかったら素直に言えたんですけどねぇ」
それ以上シャルハートは言わなかったが、ウルスラに対する評価を改めていた。
札に施されている封印魔法は非常に緻密でハイレベルな内容となっている。ひと目見てこれが封印魔法だと分かる者はいないだろう。ただの紙きれだと思う者が多数のはず。
魔法を極めた者であるシャルハートは魔力構成を読み取り、発動した効果を推測する。
「……指定した対象を結界から出さないようにする。対象はそうだな……埃から魔力構成体までいけるのか。つまり、何でもあり」
「おお、何から何まで正解です。良くそこまで分かりましたね。もしかして安直な作りでしたか?」
「いや、そんな易しい作りしていませんよねこれ。ブラフをかなり仕込んでいるじゃないですか」
ウルスラをまじまじと見るシャルハート。思う事は一つ。一体どこでこれだけのスキルを習得したのか。
とは言っても、バカ正直に聞いて答えてくれるような人間ではないことは分かりきっていた。
だから今は、この疑問を口に出すことはしなかった。きっといつか分かる時が来るのだから。
「唐突ですがシャルハート。このクレゼリア学園での生活は楽しいですか?」
ウルスラに付いて学園内を歩いている時に出た言葉である。
それにどんな意図が込められているのか分からないが、それでもその質問に対する答えは既に決まっている。
「楽しいです。私はこういうところに来たかった」
「そうですか、それを聞けると私も嬉しくなりますね。よいしょっと、とりあえずこれで一箇所目ですね」
「? ところであの札をあちこちに貼るんですよね? あと何箇所あるんですか?」
「そうですね……クレゼリア学園全体をカバーしたいので、あと四箇所ってところですかね」
「むしろたった五箇所に貼るだけでカバーできるんですね」
クレゼリア学園は一つの城下町と言って差し支えないぐらいの土地面積と建物が存在する。一般的な腕を持つ者がこの学園をカバーしようと思えば、その三倍、いや四倍は必要だろう。
「そうです。だって私はウルスラ先輩なのですから! ですから……ですから……」
「自分でエコー掛けないでください。それじゃあさっさとやってしまいましょうか」
歩きながらシャルハートは感じていた。この学園はやはり広い。入学して結構経つが、それでもこの学園の全てを把握できている訳ではない。空間跳躍をする魔法を使えば一日で回りきれるとは思うが、あえてそれをやる意味はなかった。
「でも良かったです」
「何がですか?」
「新入学生の中にはこのクレゼリア学園に馴染めないっていう方もいますからね。限りがあるとはいえ、しばらく通い続ける所なのですから少しでもストレスを感じさせないように先輩も日々考えているのですよ」
「ウルスラ先輩ってまるで先輩みたいですよね」
「おう喧嘩売ってるなら買ってやりますよくそ銀髪さん」
しばらくまた煽り合いを続けながら、二人は順調に貼って回っていた。そして残すところはあと一箇所。
「最後はどこなんですか?」
「最後は正門です。あとは帰る時に私が貼りますのでこれで終わりですよ。お疲れさまでした」
ウルスラから告げられた終了宣言。やりきった達成感がシャルハートを包む。……と、素直に言えなかった。
「今更なんですけど、これって私が手伝うことありましたか? 全部ウルスラ先輩が貼ってたじゃないですか」
するとウルスラは笑顔でそれを口にした。
「え? 私の話し相手という立派なお手伝いをしてくれたじゃあないですか。ありがとうございますお陰で暇な労働に一輪の花が咲きましたよ」
「私 は 貴 方 が 嫌 い で す」
頭がクラクラしてきた。やはりウルスラ・アドファリーゼは何を考えているのか全く分からない。ザーラレイド時代でもこのようなタイプと出会ったことはなかった。
これ以上何かを考えても更に頭を痛めるだけだったので、シャルハートは即刻その場を去ろうとした。
その時だった。
「会長ー! 生徒会長ー!」
遠くからツインテールの少女が走ってきた。身に着けているリボンは黄色。ミラの情報では一つ上の学年だったはずだ。
少女は両膝に手を置き、息を整えた。よほど走っていたのだろう、流れる汗を見れば一目瞭然である。
やがて息を整えた少女がウルスラを睨み付ける。
「見つけた! ウルスラ生徒会長! こんな所で何をしているんですか!? 今日は全研究会長たちとの定例会議の日ですよ! もう始まっているのにいないからずっと学校中探し回ってました!」
「何と言われてもサボりですよ。副会長が何とかしてくれるでしょう」
「その副会長がいま泣いているんで速やかに参加してくださーい!!」
その余りにも酷い事態にシャルハートの顔は引きつっていた。
「う、ウルスラ先輩ってこの学校の生徒会長だったんですか……?」
「あれ? 言ってませんでしたっけ? そうですよ私、この学校の生徒会長です。一番偉いんですよ……っと、早く行くとしましょうかね。さて、書記ちゃん私の手を掴んでください」
「これでいいですか?」
「オーケーです。それではシャルハート。今日は貴方と話せて楽しかったです。またお話しましょ」
「二度と御免です」
「つれない銀髪ですね」
そう言った直後、ウルスラと“書記”と呼ばれた生徒は光りに包まれ、消えた。
「……やっぱり『
間近で見て、確信した。これは空間を跳ぶ魔法である。ますます彼女が分からなくなったシャルハート。
だが、それよりも。
「このクレゼリア学園、大丈夫なんだろうか……?」
ウルスラ・アドファリーゼがこの学園の生徒会長だったという事実が、しばらく彼女の頭から離れることはなかった。
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