第68話 感じてはいけない懐かしさ

 アルザとディノラスは互いの顔を見る。その視線の交差で得られた情報とは何なのか、シャルハートですらそれは分からなかった。


「あ、あの……お二人は一体どんなご用で……?」


「ちょっとガレハド卿の意見が欲しい案件があって、打ち合わせに来てたんだ」


「もう終わったがな」


「へー真面目に仕事しているんですね」


 シャルハートの無垢な物言いに、アルザは困ったような笑みを浮かべるしか出来なかった。

 同時に、シャルハートは自分の発言にまた“うっかり”を自覚する。


「あ、あの! 申し訳ありません! 別に馬鹿にするだとかいったそういう意図はありません!」


「あはは……不思議だね。僕も何だかシャルハートさんから悪意は感じなかったよ」


 咳払いを一つして、アルザはディノラスと自身を順番に指差す。


「シャルハートさんは知っていると思うけど、僕が一応クレゼリア王国の騎士団長でディノラスが副団長だから、真面目に仕事はしなきゃなと常日頃思ってるよ」


 その一言に、シャルハートは目を丸くした。


「へ? 今、何と?」


「え? だから真面目に仕事しなきゃなって」


「そ、その前! ディノラス――ディノラス様がなんですって!?」


「へ? 副団長だから……ってやつ?」


「えええ!? ディノラスが!? 副団長!? クレゼリアの!?」


 その発言に顔をしかめたのはディノラスだった。シャルハートは衝撃で、ディノラスに敬称を付けていないことにも気づいていなかった。

 それならばあそこは、“あの国”は。一体どうなっているのか。今の彼女にはそれしか頭になかった。


「俺が副団長だったら何かマズイのか?」


「ハルバラはどうした!? ディノラスがあそこにいなかったら……!」


「ちょっ、お嬢様!? シャルハートお嬢様!?」


 シャルハートはそこでようやく自分の胴体に抱きつくロロに気づいた。顔が真っ青の彼女を見て、シャルハートは自分の言動を振り返る事が出来た。


「……申し訳ありません。取り乱してしまいました」


「気にするな。……それで、ハルバラの事だったか」


 ディノラスがアルザに目配せすると、彼らは柔らかな草の上に腰を下ろした。

 ちょいちょいとアルザが手を上下させるので、その意を汲み、二人も合わせて地面に座る。


「結論から言えば、ハルバラは平和だ。現ハルバラの王は実に上手くやっている。お陰で小競り合いこそ続いているが大きな争いは起きたことがない」


「今の王は……?」


「カイル・ジェン・ハルバラ様だ」


「あの泣き虫カイルか!」


 すぐにロロがシャルハートへ飛びかかった。


「ちょーっ!!? お嬢様!? ほんっと口を慎んでください!!」


「もがー! もがー!」


 興奮しないわけがなかった。何を隠そうカイル・ジェン・ハルバラとはザーラレイド時代に付き合いがあった人間。いや、子供だったのだ。

 それを聞いたディノラスは高笑いをする。


「ふ……確かにシャルハートの言うとおりだ。今はもうそんなことはないが、幼少の頃はすぐに泣き出すお方だったな」


「よく知っていたねシャルハートさん。僕も数えるくらいしか会ったことがないっていうのに」


「あはは……お父様が教えてくれたんですよ」


「ガレハド卿が? 変だな、ガレハド卿会ったことあったかな?」


「俺達の知らない所で繋がっているかもしれんな。ガレハド卿はそういう方だ」


 アルザとディノラスが意見を交換する中、ロロがおずおずと手を挙げた。


「え、ええと……その、メイドが口を挟んで申し訳ないのですが、質問してもよろしいでしょうか?」


「もちろん。何でも答えるよ」


 人好きのする笑顔を浮かべ、アルザは何でも受け入れるように両手を広げた。歳の差もあり、彼の目はどこか子を見る父親の視線になっていた。


「ありがとうございます。その、先程からお話に出ているハルバラという国はどういった国なんでしょうか?」


「ほらほらディノラス、説明よろしく!」


「……快諾しておいて、すぐに丸投げとは本当にお前は良い性格しているな」


「と言いながらディノラスはしてくれるんだよね?」


 笑顔を向けるアルザ、それを半目で見つめ返すディノラス。折れたのはディノラスだった。ため息をついた後、彼は説明を始める。


「とは言え、一言で片付く。争いが絶えない国だった。いや、正確に言えば、争いを仕掛けられる国が正しいか」


「あれも言っておいたほうが一番反応いいんじゃないかな?」


 その言葉にディノラスは一瞬だけ苦々しい顔つきを浮かべた。


「俺と“不道魔王”ザーラレイドさ――ザーラレイドの生まれ故郷であり、彼が世界に対して反旗を翻す事を宣言した地でもある」


「え……! あの“不道魔王”の……!?」


 シャルハートは自然とロロから顔を背けていた。昔のこととは言え、その顔を見れば、どんな印象を抱いているか嫌でも分かってしまうからだ。

 誰も彼女の沈んだ表情に気づかないまま、説明を続ける。


「そうだ。だから一時期はハルバラを潰そうと色々とあった」


 世界への反逆者“不道魔王”。彼が生誕し、そして反旗を翻すことを宣言した地なぞ他者から見れば呪われた地と呼んで差し支えない。

 だから口実となった。義によって攻め込まれるべき悪魔の国として。

 故に、シャルハートはそこを宣言の地に選んだ。己が右腕であるディノラスがハルバラを守り通してくれると。


「す、すいませんディノラス様……私、変なことを聞いてしまいました」


 ロロが立ち上がり、頭を下げる。ディノラスも立ち上がり、すぐにそれを止めさせた。


「気にするな。今は平和だ」


「シャルハートさん? 気分悪そうだけど大丈夫?」


 気遣いの男アルザがシャルハートに近づき、背中を擦る。


「きっと外に居すぎたせいだね。ロロさん、送ってあげてくれるかな?」


「は、はい! お気遣いありがとうございます! それでは失礼いたします!」


 ロロに付き添われ、シャルハートは屋敷へと歩みを進めていく。去り際、アルザとディノラスは確かに自分を見ていたことには当然気づいていた。

 去りゆくシャルハートとロロの背中を見ながら、アルザは呟いた。


「どうだったディノラス?」


「どう、とは?」


「僕には懐かしさしか感じなかったよ。僕がそうなんだから、君もだよね?」


「……ああ酷く、懐かしい」


 一瞬の間の後、アルザが代表して互いの総意を口にした。


「僕はシャルハートさんと話していると、ずっとザーラレイドと話しているような気分になったよ」

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