第66話 去り際に残された不安
学園長室から退出したシャルハートの胸には暗雲が立ち込めていた。
結果としてルルアンリの協力要請を受け入れることになった。正直、シャルハートには少しも得がなかった。
ザーラレイド時代ならば少しは前向きに協力を考えることが出来たのだろうが、既にそんな聖人はこの世にいない。進んで火事場の消火を行うということは止めたのだ。
とは言え、
(……ミラに手を出すなら容赦はしないけどね)
大事な存在であるミラに危害が及ぶならば話は別。全力で目の前の茨を払うつもりだ。
決意を新たにしていると、ミラが手を振りながら近づいてきた。彼女の後ろにはマァスガルドがついてきていた。
「シャルハートさん、話は終わったの?」
「うん、ルルアンリ先生からありがたいお話を聞かされて疲れちゃったよ」
「しゃ、シャルハートさん何て失礼なことを……。ん? 先生? 学園長じゃないの?」
「……ほらあの人ってパッとすごく偉い先生に見えるからつい呼んじゃった」
「パッと見なくても偉い人だよシャルハートさん」
うっかり昔の呼び方で呼んでしまった事に気づいたシャルハートは手で口を塞いだ。最近失言多すぎるのではないか、と少しばかり己の言動を振り返る。
「ルルアンリ先生といえば、ルルアンリ殿の昔の呼び方だったな」
何気ないマァスガルドの一言が、シャルハートの動きを一瞬止めた。彼女は失念していた。今までのやり取りから、マァスガルドとルルアンリは親しい間柄というのは誰の目から見ても明らかだった。
このミスは相当大きい。シャルハートは思わず目を瞑ってしまった。
そんな彼女の様子に気づかないまま、ミラはマァスガルドと会話を続ける。
「そういえばマァスガルドさんはルルアンリ様といつ知り合ったんですか?」
「そうだな……十数年前、まだ私達ローペンワッジ姉妹が『白銀三姉妹』と呼ばれる前に遡る」
「そんなに前からの知り合いだったんですか」
ミラが両拳を握りしめ、食い入るようにマァスガルドを見つめている。
その様子を見て、シャルハートは口をへの字に曲げてしまった。自分もミラから興味津々で見つめられたい、そう口には出来ないので無言の圧力をマァスガルドへ送ることにした。
「あぁ、既に知っているとは思うが、レクレフリアとクレゼリアは友好関係にある。当時のレクレフリアは成り立ちから言っても、少々武力に乏しかった。そこであの人間界と魔界の勇者を輩出したルルアンリ殿を頼ることにしたのだ」
結果から言えば、効果てきめんだった。そもそも戦い方というのを知らなかっただけで、戦う力があったレクレフリア王国はみるみる内に力をつけていった。
その中でマァスガルド達ローペンワッジ姉妹はルルアンリと出会ったのだ。
「当時の私達は早く大人たちの仲間入りを果たしたかった。武器や魔法の扱いを早くに習得し、妹たちと毎日のように修行をしていった。努力の成果もあり、大人にも勝てることがあったんだ」
「すごいです……マァスガルドさん達はすごく努力されたんですね」
ミラからの屈託のない感想に、マァスガルドは思わず頬を赤らめ、目を逸らした。
「そう、言ってもらえると努力した甲斐もあったというものだ。だが、私達は少々自惚れていた。なまじ大人にも勝てるものだから天狗になってしまっていたのだ」
シャルハートはそこからの流れを知っていた。何せ、アルザとディノラスが通った道だったのだ。
「当時の私と妹達はルルアンリ殿が気に食わなかった。どこからやってきたのか分からない奴に教えられることなんてない、とな。それで私達は仕掛けた」
「仕掛けた、というと……?」
ミラも何となく予想できてしまったようで、過剰に唾を飲み込んだ。
すると、マァスガルドは当時を懐かしむように、目を閉じながら答えた。
「ルルアンリ殿に勝負を挑んだのだ。負けたらレクレフリアから出ていけ! という条件付きでな」
「……結果はどうだったんですか?」
シャルハートの問いに、マァスガルドは愉快そうに笑った。
「ふふ、シャルハート殿。分かっていてそれを聞くのは意地悪だぞ。まあ、予想通り結果は惨敗だったよ」
「ルルアンリ様は相手に立場を分からせるために、何度も地面に転がすのが好きなサディスティックな人間ですからねー」
「……やはり、シャルハート殿は色々と知っているようだな。その通り、何度も土の味を確かめさせられたよ」
もういっそ喋らない方が良いのではないかと、シャルハートはまた出してしまった失言に対し、自省する。
「そのお陰で我々は自惚れを捨て、更なる高みに至ることができた。全く、ルルアンリ殿には頭が上がらないよ」
満足したように頷くと、マァスガルドは
「さて、それでは私は行くとしよう」
「レクレフリア王国に帰るのですか?」
ミラの言葉に彼女は頷いた。
「その通りだ。一応保護された翌日に便りは送っているので、私の生存は分かっているとは思うが、早く帰って妹達を安心させてやりたい」
「そうですか。マァスガルドさん、また会えますか?」
シャルハートとマァスガルドの視線が交差する。
「ああ、また会えるはずだ。私はそんな気がする」
そこで何かを思い出したように、マァスガルドは少しばかり表情を歪めた。
「そうだ、最後にシャルハート殿へ伝えておくことがあった」
神妙な表情を浮かべるマァスガルド。そんな彼女の口から何が飛び出してくるか全く予想がつかない。
「もし妹達と出会う事があれば、相手にせず逃げてくれ。私を負かしたシャルハート殿に何をしてくるか分からないんだ」
「えぇ……私、いつの間にかターゲットにされているんですか?」
「…………すまない」
常に毅然とした態度で振る舞っていたマァスガルドの背中が丸まっていく。知り合って日が浅いが、少なくともこんなにキレの悪い事を言う彼女ではない。そう、シャルハートは理解していた。
(ま、まぁ? レクレフリア王国からここまでは距離あるし? 来るにしても、馬車や魔力を大量消費して空間転移魔法でも使わなきゃだし? そうそう出会うことは無いよね)
シャルハートは両腰に手を当て、高笑いをする。創作じゃあるまいし、そんなに上手な流れになることはないだろう――そう、彼女は高を
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