第65話 ルルアンリ流の詰め方

「さて、二人きりね」


「そうですね。願わくば、さっさと帰りたいです」


 応接椅子に座り、腕組みをするシャルハート。そんな態度の大きい彼女を見下ろすような位置にルルアンリは立っていた。

 シャルハートは視線を合わせようとしなかった。


「国王の所に行かなくて良いんですか? 急ぐのではないんですか?」


「ええ、急ぐわよ。けどその前に貴方とちゃんと話をしたくてね」


「話?」


 そこで初めてシャルハートは彼女の方へ顔を向ける。ルルアンリは悪戯っぽく目の奥が光っていた。


「ようやく目を合わせてくれたわね」


「はぁ……出来れば手短にお願いしますよ」


「そのつもりよ」


 どっかりと応接椅子に腰掛けたルルアンリはまるで世間話でもするような調子でこう言った。


「貴方、本当はもうちょっと隠していることあるんじゃない? 出来ればその話を聞きたくてね」


「……無いですよ、そんなルルアンリ様にするような話なんて」


「そうかしら? じゃあ聞き方を変えましょうか?」


 彼女は身を乗り出した。


「グラゼリオはあそこで何をしていたの?」


 まさかの人間の名前が、まさかの人間の口から飛び出した。シャルハートはほんの一瞬、息が止まる。何と返そうか思考するが、そうするには一足遅かった。


「うん、やはりそうみたいね。適当に言ってみたけど案外当たるものね」


「生徒相手にカマ掛ける教師が存在するんですね。学びが深まりましたよ」


「その手の皮肉は、私にとって褒め言葉よ」


 少しの間、二人の間に沈黙が流れた。遠くで魔法の練習でもしているのか小さな爆発音や風の音が聞こえる。


 シャルハートは降参したように両手を挙げた。第一、そこまで勘付いているのならば無意味に隠す必要なんて無い。


「グラゼリオ先生があそこの封印を破り、マァスガルドさんを門番に仕立て上げていました」


「目的は? 彼は何と言っていたの?」


「ルルアンリ様は古の魔王ゼロガという存在を知っていますか? 先生はそれの復活方法を探っていました」


「古の魔王とは、これまた大層な名前が出たわね。もちろん知っているわよ。それは太古の昔、まだ人族と魔族がひと括りにされていた頃にまで遡るわ」


 一説によると、古の魔王ゼロガこそが黒髪の人間を『魔族』と名付けた始祖と呼ばれる。そもそも昔は魔族の特徴である黒い髪を不吉の象徴としていた。

 そんな理由で迫害を受けていた者達を集め、彼はこう言ったという。


 ――我々は“魔”と呼ばれ、迫害されている。だが、それに屈してはならない。高らかに、そして胸を張ってこう名乗ろう『魔族』と。彼らが呼ぶ蔑称を誇り高き集団の名にしよう。だが忘れるな、我々は人間だ。このどこまでも深き黒を誇りに持ち、人生を謳歌する人間なのだ。


 ゼロガはその圧倒的な力で差別をする者達と戦った。そして彼は、彼を魔族の代表『魔王』と呼ぶ者達と共に魔族の地位向上に邁進まいしんしていった。

 その努力は実を結び、とうとう自分たちの国『魔界』を樹立させる所まで辿り着くことになった。

 ここまでは良かった。

 だが、彼はその力を“求めすぎた”のだ。

 魔族ひいては魔界の地位向上に執心した彼は、とうとう全てに破壊をもたらすとされる闇の力に魅せられ、人格を崩していった。それを危険視した魔族達は人間界へ被害を及ばさぬよう、彼に安らぎを与えることにした。


「結果として魔族らは一致団結し、完全に狂ってしまった魔王を討ち倒す事に成功した。そしてその成果は、人間界にも伝わることとなり、結果として魔族を迫害するという者を大きく減らすことに繋がったのよ」


「何とも皮肉な話ですね。魔族のために戦った果ての果てがそれですか」


「ゼロガは同胞に裏切られたと思ったらしい。その証拠に最期にはこう言ったそうよ」



 ――私を裏切ったな。魔族のために立ち上がった私を裏切ったな。許さぬぞ、魔族共! 人族共!



「言いたくなるのかもしれませんね」


「あら、シャルハート。君はゼロガの苦しみが分かるのかしら?」


「まあ、想像するだけですがね」


「……話が逸れたわね。それでグラゼリオはその古の魔王ゼロガを蘇らせ、世界を混乱に包み込むのが目的ってことね」


「そういうことだと思います」


 腕を組み、唸るルルアンリ。そんな彼女の姿にシャルハートは頭を傾げた。


「どうしたんですか? グラゼリオ先生を王国の治安維持部隊に引き渡す算段でも立てているんですか?」


 すると、彼女は髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き回す。


「どうやって? 何の罪で?」


「それはルルアンリ様の口から国王に話して……」


「その証拠がないのよ。……前々からグラゼリオが不審な動きをしている事は知っていたわ。だからなんとか尻尾を掴もうと動いていたし、彼に何もさせないため、本来なら彼一人でやるはずだったあの授業にルクレツィアを捩じ込んだ。それが後手に回っていたとは思わなかったけどね」


 片足でコツコツと床を叩きながら、彼女は言う。


「正直、この学園の教師陣や生徒は特に感じていないようだけど、彼は優秀よ。魔法の腕だけじゃない。立ち回りがとても優秀。あの妙な小芝居で自然と皆から下に見られるようになっているのが余計にタチ悪い」


「小芝居?」


「ほら彼、良くやっているでしょ。何かにつまづいたり、ドジ踏んだりって」


 そういう意図だったのかと、自然と声が出ていた。

 ルルアンリは俯いていた顔を上げ、指を鳴らした。


「うん、やっぱりそうしましょう」


 彼女の目がキラリと光った。

 その瞬間、シャルハートは席を立っていた。何か嫌な予感が背筋を駆け巡った。ここでこの場を後にしなければ本当に面倒なことになる。そんな確信が彼女にはあった。


「シャルハートさん。貴方にも協力してもらうわよ。グラゼリオを追い詰めるための手段を探す同士としてね」


「……ただの生徒である私をそんな事に巻き込む理由が知りたいです」


「何ていうのかしらね、直感ってやつかしら。それが私に訴えているのよ。少なくとも、私は今までの話でもう貴方をその辺の生徒と同じように接する気はなくなったわ。それに――」


「それに?」


「――やっぱり貴方と話していると“不道魔王”を思い出して腹が立ってくるわ」


「本音出しましたね」


 やはりルルアンリには隙を見せられないと、シャルハートは改めて気を引き締めることにした。

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