第64話 もどかしい立場
沈黙が室内を支配する。マァスガルドの視線がシャルハートを捉えて離さない。
「シャルハート殿、貴方は一体――」
その時、勢いよく扉が開け放たれた。
「やっほー! ルルアンリ様ー! エルレイ・ドーンガルドその他三名がやってきたよー!」
「馬鹿エルレイ! そんな入室の挨拶はないでしょう! ……ルルアンリ様、うちの馬鹿エルレイが申し訳ございません」
アリスとエルレイの後に続いて、サレーナとリィファスも入室してきた。
「賑やか」
「あはは……サレーナさんにはそう見えているのかい?」
一言で片付けるサレーナ、そして苦笑するリィファス。受け取り方が全く異なる二人であった。
全員の入室を確認した所で、ルルアンリがどっかりと応接椅子に座り込む。
「さて、と。じゃあ役者も揃ったことだし、当時の聞き込みを開始しよう」
「待ってくださいルルアンリせん――ルルアンリ様」
「何シャルハートさん。あ~……“さん”付けが面倒になったわ。呼び捨てで良いわよね? どうしたのシャルハート?」
「まだグラゼリオ先生とルクレツィア先生が来てませんよ」
「ああ、それなら大丈夫。そろそろ来るから」
丁度タイミングを見計らったようにノック音が室内に響く。
ルルアンリが入室を促すとグラゼリオとルクレツィアが入ってきた。
「遅くなりました学園長」
「来たわねグラゼリオ、それにルクレツィア。これで本当に全員揃ったかしら?」
ルルアンリが指を鳴らすと、応接椅子では足りない人数分の席が現れた。シャルハートは即座にそれが『
ルクレツィアとグラゼリオ、そしてマァスガルドが同席。向かい合った席にはシャルハート達生徒陣が。そしてさながら仲介者のごとく間に座るのが学園長ルルアンリだった。
「さて、と。それでは昨日の『チュリアの迷宮』で何が起きたか報告をしてもらいましょうか。まずは生徒サイドから話を聞きたいわね。誰が適任か……そうね、リィファス王子お願いできるかしら?」
「分かりました。とは言え、僕も記憶違いがあるかもしれないから、その時は皆に補足をお願いするよ」
そう前置き、リィファスは報告を開始した。
迷宮突入後すぐに封印が施された壁を見つけた事。奥に進むと広い場所があった事。そこには仮面を付けたマァスガルドがいた事。戦いになった事。リィファスの記憶は正確で、シャルハート達は特に訂正や補足する事がなかった。
一通り聞いた所で、発言したのはルクレツィアだった。
「待ってください王子。私はあそこには危険な魔物が封印されていると聞いていました。そう言った類の存在はいなかったのでしょうか?」
シャルハートは確かに見逃さなかった。ルクレツィアが一瞬グラゼリオを見たことを。つまり、何かしらの情報操作が行われていたと見るのが自然。一体彼の仕込みはいつから始まっていたのか、彼女はそこへ興味を抱く。
「まあ待ちなさいルクレツィア。まずは君とグラゼリオの事前の用意を聞いておきたいわ。何をやっていたの? 現地調査は? 不安要素の排除は? そういった所を知りたいわ」
「はい、それなら――」
今度は教師サイドの話となった。
簡潔に言えば、先生たちの事前準備に手抜かりはなかった。
……そんな物は当然である。悠々と座っているグラゼリオが仕組んでいたのだから。シャルハートは半目で彼を睨み付ける。
「なるほど、ルクレツィア達に落ち度はなかったみたいね。ではまず正しい認識をしましょう」
ルルアンリは立ち上がり、そのまま自分の机の
「いえ、ルクレツィア。あそこは資料室よ。そんな魔物がいるなんて話、少なくとも最高責任者である私は聞いたことがない」
ルルアンリは続ける。
「あそこは具体的には少々取り扱いに困る魔法書や資料を一時的に保管し、後で処分をするための場所。『チュリアの迷宮』なら適切な封印を施せば、後は魔物が勝手に盗人相手に警護をしてくれるしね」
だからそうね、とルルアンリは人差し指を立てた。
「分かった事としては、何者かが封印を破り、そしてその中にまるで番人のようにマァスガルドを配置したという事。そして、その者はマァスガルドを拉致できる程の腕前……か」
「レクレフリア王国から離れて任務をこなしていた時、何者かに不意打ちを受けた。屈辱な話だが、私が気配を感じた時には既に昏倒させられ、そして――」
そこからはシャルハートが引き継いだ。
「『
後半はもうグラゼリオに向かって喋っていた。
この場で声を上げるのは簡単だ。しかし、証拠がない。シャルハートは魔力の判別を正確に行うことが出来たからグラゼリオが仕組んだと断定出来た。
だが、そんな物は彼を追い詰める材料にはならない。教師であり、あの授業の監督者であるグラゼリオの発言能力を以てすれば簡単に覆される。
悔しいが、シャルハート(今の自分)は学生であり未成年なのだ。
「『
「ええ、マァスガルドさんは頑強な精神力の持ち主だったからあの程度に収まっていたんでしょうが、それ以外の人だったら私達はあそこで全滅していましたね」
シャルハートは一種の尊敬の念を抱いていた。あの状態で一瞬とは言え、警告を発することが出来たのは奇跡に近い。
「黒い衝動を抑え込むことが出来なかった私の失態です」
「そう自分を責めちゃいけないわ。よし大体は分かった。私はこれから国王に会いに行く。また何かあったら話を聞かせて頂戴」
皆が退出の準備を進める中、シャルハートもミラと一緒に出ていこうとした時、不意に肩を叩かれた。
「シャルハート、まだ時間あるかしら? 貴方は残って頂戴」
「時間ありません、では」
「まあまあまあまあ。貴方にもっと聞きたいことがあるの」
シャルハートに逃げ場はなかった。
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