第52話 迷宮の魔物

 シャルハートは片手で皆を制した。ニコニコしていた表情から一転、引き締まった表情を浮かべながら。

 それで全員が何かがあると悟り、身構える。

 直後、聞こえてきた。カラカラと何か乾いた物を擦り合わせたような音と、靴の音が。一体だけではない。この音は複数体いる。


「早速、お出ましということですか」


 真っ先にアリスが剣を抜いた。飾り気のないシンプルなデザインの直剣だ。

 それに呼応するように、エルレイも両腰の剣を抜く。鍔無しの剣、ディノラスと同じ珍しいタイプの剣である。


「ボクに任せて! 全部倒しちゃうよ~!」


「あはは、怪我しないでくださいね。ミラは私の後ろに隠れててくれるかな?」


 シャルハートは既にミラの前に陣取り、万が一にも被害がいかないようにする。

 戦闘準備を終えた頃、彼らはやってきた。

 人型の骸骨。両手には錆びた剣と丸盾。ツギハギだらけのブーツ。

 その数、六体。

 ここまで見れば、もう間違いない。

 シャルハートがその名を口にする。


「人骨型の魔物、スケルトンですか。変なムカデやドラゴンが出てこないだけマシなんですかね?」


「ひぃ……! しゃ、シャルハートさんあの魔物怖いよぉ……!」


「ミラを怖がらせる奴、殲滅、大丈夫、魔物、皆殺し」


 シャルハートにとって、ミラはかけがえのない存在。

 そのためならば、眼のハイライトが消え、片言になり、全ての魔物を皆殺しにするという行動も辞さない。

 それが、シャルハート・グリルラーズの流儀。感情の消えたロボットと言ってはいけない。


「……とりあえず小手調べ」


 サレーナは片手を翳し、『氷塊アイス』を放った。

 魔法陣の出現と同時に射出される氷の塊。螺旋を描きながら手近なスケルトンへと飛んでいく。


「――――――!」


 そのまま直撃するかと思えば、スケルトンは冷静に盾を構え、氷の弾丸を受けきった。

 錆びた盾は壊れる様子もなく、それは簡単には倒せないことの証明となる。


「……楽には倒せない」


「サレーナの『氷塊アイス』が通らない、か。いや、通りはするんだろうけどね」


 シャルハートは分析を開始する。少々不可思議な事があったからだ。

 それを検証してみたくなり、アリスへと視線をやる。


「アリスさん、ちょっとあのスケルトンに一回斬りかかって戻ってこれますか? 倒さなくて良いので」


「それには別に異論はありませんが、倒してしまっても良いんですよね?」


「うーん……あれは多分、倒せないと思うなぁ」


「? とりあえず、仕掛けてみますね」


 剣を構え、アリスは距離を詰める。

 流石、勇者の娘と言った所だろうか。たったの数歩で距離を詰め、剣を滑らせる。

 綺麗な剣筋だった。ただひたすらに研鑽を積んだ事が分かる、まるでアルザのような太刀筋。

 防御の隙間を縫ったがら空きのコース。シャルハートの眼から見て、ダメージは確実。

 だが、スケルトンはその直後、予想外の行動に出る。


「な――」


 結論としては、アリスの斬撃は防がれた。

 スケルトンが不自然なほどの速さで盾を動かしていたことが原因である。

 驚くのもそこそこに、アリスはすぐに第二の斬撃を繰り出した。だが、それもがっちりと防がれてしまった。

 だいたい分かった。だが、あと一押しが欲しい。

 そうこうしている内に他のスケルトンもどんどん戦闘に加わり始めている。エルレイとリィファスが応戦し、サレーナとミラは後ろで援護をしている状態だ。


「アリスさん! 今度は私が魔力弾撃った後に攻撃を頼む!」


 右手を指鉄砲の形にしながら、シャルハートは協力を求めた。

 アリスは一瞬迷ったが、すぐに首を縦に振った。


「今は考えている時間は無さそうですね。分かりました、合わせましょう」


「礼を言う!」


 シャルハートは人差し指で狙いを定め、魔力弾を放った。速度、威力、共に申し分なし。

 しかし、スケルトンは正確に丸盾を運び、それを防いだ。

 防御を確認したシャルハート、叫ぶ。


「アリスさん今!」


「ここ、か!」


 シャルハートが叫ぶのとほぼ同時、アリスは既に剣を前へ突き出していた。

 恵まれた脚力から放たれた強烈な突きはスケルトンの中心を捉える。衝突部から放射線状にヒビが入り、やがてスケルトンは崩れ落ちる。


「やはり、か」


 そこまで見届けたシャルハートは皆の方へ顔を向ける。


「皆! この魔物達は一人で攻撃しても防御されるから、二人以上で連続攻撃を与えなければならない! 各自、連携して魔物の殲滅に当たれ!」


 その事を把握したリィファスがミラへ顔を向ける。


「そういうことか。ミラさん、『火炎フレア』を頼めるかな? 僕が倒す」


「分かりましたっ!」


 ミラとリィファスの視線が手近なスケルトンへ向いたのとほぼ同時に、エルレイとサレーナも動いていた。


「サレーナ、魔法頼んで良い? ボクが斬ってくる!」


「……かしこまった」


 ミラとリィファス、そしてエルレイとサレーナが協力してスケルトンへ攻撃を始めた。

 それを確認したシャルハートはアリスの側に寄る。


「ということで、私とアリスさんがペアですね」


 機関銃のように魔力弾を放ち、スケルトン達の動きを縫い止める。

 普通の人間ならば、そんな素早く魔力弾は出せない。その最中に喋っているものだから、流石のアリスも少しばかり呆れ顔を浮かべた。

 だが、それよりも。


 アリスは気づいていた。


「シャルハートさん。貴方ってもしかして戦闘中に口調変わるタイプなのかしら?」


「うぇっ!?」


 思わず、口に手を当てたシャルハート。そして先程の発言を思い出し、完全にやらかしていたことを悟る。


(しまったー!! 久しぶりのちゃんとした戦闘だったから、ザーラレイド時代の口調になってたー!?)


 姿形を除けば、ザーラレイドそのものだった。関係者が見たら、恐らく何かを感じることがあるくらいには。

 無意識だったということを考えれば、恐らく意識して改善しなければならない点だろう。シャルハートは確かにそう感じた。


「い、いや……アリスさんの気の所為じゃあ――」


「『各自、連携して魔物の殲滅に当たれ!』、だったかしら?」


「ああああ! ごめんなさい~!! テンション上がっただけなんです~!」


 何だか昔の恥ずかしいことを暴露されたような感情になり、半泣きになるシャルハート。

 それを見たアリスは思わず、


「……ふふ」


 顔を背け、笑ってしまった。

 正直に言って、シャルハートには不気味な物を感じていたが、そんな物は消えていた。


「笑いました? 今アリスさん、笑いました?」


 ジト目で抗議の視線を送るシャルハート。

 対するアリスは目を合わせないよう、ひたすら視線を宙に彷徨さまよわせる。


「……シャルハートさん。まずはスケルトンを倒しましょう。残り僅かなんですから」


「……了解です。けど後で追求させてもらいますからね?」


 ――後で上手く誤魔化さないと。


 誤魔化す内容は違うが、シャルハートとアリスはそんな事を考えながら、スケルトンへ再び攻撃を開始するのであった。

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