第51話 攻略開始

 組作りも落ち着き、順番に『チュリアの迷宮』へと挑戦することとなった。

 この迷宮は入り口がいくつかあり、それぞれ目についた箇所から授業スタートという流れだ。

 全ての組が入ったのを確認したルクレツィアとグラゼリオはここで待機となる。万が一の事態が発生した時に即、対応するためだ。

 ルクレツィアがぼんやりと空を見上げるグラゼリオへ話しかける。


「グラゼリオ先生、今年の生徒はどうですか?」


「そうですね……一言で言えば、面白いですかね。特にあの子、シャルハートさんは」


「シャルハート・グリルラーズですか。……入学試験からだいぶ経ちますが、あの子はどんな感じですか?」


「勉強に対する意欲が凄まじいですね。教えている私の知識を全て奪い尽くしてやろうという気概が見えます」


「それは喜ばしいことではありますが、私が聞きたいのは別の方です」


「魔法、ですか?」


 ルクレツィアは頷いた。

 シャルハートの使う魔法はどこかおかしい。少なくとも、低難度の魔法である『火炎フレア』で超常現象は起きない。

 そしてその奇妙さは、グラゼリオも認識している。そう、ルクレツィアは感じた。


「凄いですよ、彼女。魔法だけで言えば、私に教えられる事はないんじゃないかと思うくらいです」


「グラゼリオ先生が、ですか?」


 こと魔法に関して、グラゼリオ・ベガファリアはあまり褒めることはない。もちろん授業は別だが、それ以外の所謂いわゆるフリーの時間では褒めない。


「グラゼリオ先生の腕を私はよく知っています。それでも、ですか?」


「ええ、それでもです。……今入って行った迷宮も容易くクリアしてしまいそうですね」


「それはどうでしょうかね」


 彼女は、グラゼリオの言葉を無条件で肯定出来なかった。この迷宮を知っているからこそだ。


「この迷宮、普通に行くだけならそこまで危険ではありません。ですが――」


 ルクレツィアの言葉を、グラゼリオが引き継ぐ。


「シャルハートさんは確かに力を持っています。ですが、その力に自惚れ、この迷宮の『裏』の方に興味を示さない事を祈るばかりです」


「自由に行けないよう厳重な封印を施しているので、心配は無いと思いますけどね。……あそこにあるアレは危険過ぎる」


「はい、危険です。我々が対処しなければならないとされる程に。だから、何も起きなければ良いですね」


 ルクレツィアはその時のグラゼリオの表情がよく見えなかった。日差しによって丁度、影が出来たためだ。

 だが、気の所為でなければ、彼は――。


(今グラゼリオ先生、笑っていた……?)


 どんな感情を意味するかは分からないが、確かに笑顔を浮かべたような気がしたのだ。



 ◆ ◆ ◆



 迷宮は石造りとなっていた。通路の左右の壁には、魔法による炎が灯っており、視界は良好。広さは六人がぞろぞろと歩けるほど。天井も高く、戦闘が起こったとしても不自由なく動けるだろう。

 ただ文句を言うとすれば、少し埃っぽい点である。

 そんな通路を歩く六人組。先頭には好奇心旺盛なシャルハートがいた。


「うっわ、広いね」


「シャルハートさん、どんどん進むのは良いけど罠には気をつけてね!」


 先に進もうとするシャルハートへしがみつきながら、ミラはそう言った。


「ところでミラ? 今回の授業ってどうすればクリアなの?」


「へ? ルクレツィア先生説明してたよ?」


「あっ」


 瞬間、ミラは全てを察し、半目になる。


「もしかしてシャルハートさん……寝てた?」


「そ、そそそそんなこと、ない、よ?」


「……えっとね、じゃあここからは私のひとり言なんだけど」


 そう前置き、ミラは続ける。


「今日の目標は『チュリアの迷宮』の奥に行くことなんだ。それで、そこに置いてあるルクレツィア先生が作った魔力石を取ってくる事がクリアの条件。一番早く戻ってきた組は少し成績を良く付けてくれるんだってさ」


「……ありがとうございます、ミラ様」


 あくまでシャルハートの落ち度には突っ込まないミラの優しさである。

 気を引き締めるのも含めて、シャルハートは改めてメンバーを確認する。

 この『チュリアの迷宮』を攻略する今回のメンバーはシャルハート、ミラ、リィファス、サレーナ、アリス、そしてエルレイの六人。

 シャルハートは改めてこの豪華なメンバーに感動を覚える。戦力だけなら恐らくはこの学年中最強とも言えるだろう。

 だが、彼女には少しばかり不安要素があった。


「皆ーはしゃいで痛い目見ないように気をつけようね~」


「それ、貴方が言える立場なんですか?」


 シャルハートの隣を歩くアリスは、目を細め、じとーっとした視線を送る。……片手でエルレイの首根っこを掴みながら。


「ねーアリスー。何でボクの事ガッチリ掴むの? 猫じゃないよボク」


「貴方もシャルハートさんと同じでどんどん進もうとしているからでしょうが。何なら全部の罠に引っかかるつもりでしょう?」


 エルレイはあからさまに目線を逸し、口笛を吹き始める。図星だった。

 そんなやり取りを見ていたサレーナは、くすりとも笑うことはなく、無表情を浮かべていた。


「……個性的なメンバー。楽しくなりそう。……貴方もそう思うでしょ?」


「……えっと、君もその一人だよって言ったら怒るかい?」


 リィファスはぎこちない笑顔を浮かべていた。

 彼は「皆、濃いなぁ」と呟きながらも、自分を特別扱いしないこのメンバーに対して、小さな感謝を送る。

 もし他のグループに入っていたら――そう考えると少しだけ身震いがしたのは内緒である。


「あの、シャルハートさん」


「どうしたのミラ?」


「えっと、その……危ないのに先頭になってくれてありがと。私もシャルハートさんみたいに強かったら迷わず先頭になってたんだけど……」


「んーん。気にしなくても良いよ、こういう場所は初めてでも無いからさ。それよりも、リィファス様だよ」


 突然の名指しに思わずリィファスは自分を指差した。


「僕かい? もしかして何か不味いことでもしてしまっただろうか?」


「いえいえ。どっちかというと、一番後ろで良かったのかなって。真ん中あたりにでも居たほうが危険は少ないですよ」


「そういう事なら大丈夫」


 リィファスが腰ベルトに挿してある剣の柄を握りしめる。


「どんな屈強な軍隊でもがら空きの背後を襲われたら全滅するんだ。前は任せることになっちゃうけど、二番目に重要な殿しんがりはしっかりと務めるつもりだよ」


「わかりました! すいません、失礼なことを言ってしまったみたいで」


「だいじょーぶだよ王子! なんせボクとアリスがいるんだから何でもこーい! だよ」


「うん。勇者の娘の力、ぜひとも見せてもらうとするよ」


 ギスギスすることもなく、良い雰囲気で始まったこの迷宮探索。

 だが、いつまでもピクニック気分のままではいけなかった。


「……あ、何か来る」


 ザーラレイド時代の経験から、“敵意”に関しては恐ろしい程の速さで察知することが出来る。

 そして、彼女の察知能力から得られる情報には、ほぼ外れがない。

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