第50話 戦士たちが集う

 勇者の娘アリス・シグニスタは今、重要な分岐点に立たされていた。


(どうしましょう。私は何て答えたら……)


 エルレイの言っていた事は間違いない。確かにアリスはエルレイと繰り広げたいつものやり取りの末、そう宣言したのだ。

 とは言え、だとしても。


(エルレイとしか行動していなかったから、大人数で何かをするっていうのはあまりないんですよね……。良い機会だから、私も集団行動というものをしてみたい……! それに)


 アリスは気づかれないように、シャルハート達の顔を見る。王子リィファスは当然として、シャルハートとミラは良く知っている。残りの水色髪は良く分からないが、それでもメンバーとしては申し分ない。


(とはいえ、エルレイにああ言った手前、すぐに発言を変えるというのも……)


 アリスは自然と形の良い顎に指を添えていた。近くでエルレイが呼びかけているが、今は完全無視。


(うぅ……集団行動、したいです)


 考え込みすぎてとうとう本音が浮き彫りになりつつあるアリス。気づけば、空いた手で父親アルザから貰った涙型のネックレスを弄っていた。小さな頃に貰った簡素な造りのデザインだが、触り心地がとても良いのだ。

 ぐるぐると纏まらない思考を続けるアリスへ、とうとうシャルハートが声をかけた。


「アリスさん? 私達と一緒に来てくれる決心がついたんですか?」


「い、いやそんな事はまだ言っていません」


「……まだ?」


「あっ、いや、なんでも無いです」


 視線が定まらないアリスを見た直後、エルレイとも目が合ったシャルハート。

 シャルハートはエルレイをじっと見つめる。エルレイもシャルハートを見つめていた。自然と、二人はアリスから少し離れた所で顔を近づけていた。

 話題はもちろん、彼女の事である。


「あの、エルレイさん。もしかしてアリスさんって……」


「ボクも今気づいたよ~。早く言えば良いのにね。やっぱり素直じゃないねアリスってば」


「何だか私、アリスさんの印象が変わりました。なんかこう、親しみが湧いたというか何というか」


「でしょ! アリスはいつでも親しみやすいんだよ!」


 アリスが声をかける。


「ちょっとそこ、いつまで私を置いてお喋りしているんですか?」


 彼女は目を細め、腕を組んでいた。

 シャルハートとエルレイはそこからアイコンタクトで意思疎通をし、たった今、行動が纏まった。余談ではあるが、その際の精度は特定の相手と思考のやり取りを出来る遠隔通信魔法『紐なし通話テレ・トーク』にも勝りうるものだったという。


「アリスアリス! ボク、やっぱりシャルハート達と一緒に行きたーい!」


「なっ……本気で言ってるんですかエルレイ!?」


「うん! だって知らない所に行くんだったら人数は多い方が良いし、それにボク、シャルハートやミラ達とお喋りしながら歩きたいよ!」


 すかさずシャルハートが援護の矢を放つ。


「そうですよアリスさん! アリスさんがいれば、このダンジョンは踏破したも同然です! アリスさんの力、間近で見たいなぁ!」


 シャルハートとエルレイ。元魔界の王と魔界の勇者の娘による渾身の説得は、アリスへと響いたようだ。


「……」


 アリスは目線を中空へやり、次に地面へと移し、そしてシャルハート達の顔をちらっと見る。


「そ……」


 口を開いたが、一瞬閉じる。しばし口を真一文字に結んだ後、再び口を開いた。


「そういう事なら、まあ……予定とは違いますが? シャルハートさん達と一緒に行くのはやぶさかではないというか何といいますか……」


「やった!」


 右手を空へ突き上げた後、シャルハートは即座に動く。


「それじゃあアリスさんエルレイさん行きましょう行きましょう! ミラ、リィファス様、サレーナ。そういうことで、アリスさんとエルレイさんがパーティーインしたよ!」


 てってれーとファンファーレが鳴ったような気がした。もちろん幻聴だが、それぐらい嬉しかったのだから当然だろう。

 ミラ達は頷き、了承する。事後承諾だったので、若干気が引けたが、それでも快諾してくれてホッとするシャルハートであった。


「……多分、私がこの中で面識がない。私はサレーナ・ロマリスタ。よろしく、アリス、エルレイ」


 サレーナは小さく一礼した。

 彼女の挨拶へ応えるように、エルレイは敬礼のポーズをする。


「ボクのことはエルレイでいいよ! よろしくねサレーナ! ほら、アリスも挨拶しなよー」


「改めて自己紹介しますね。私はアリス・シグニスタです。呼び方はモラルの範囲内であればどのような呼び方でも良いので」


「アリスー何かお堅い人みたいだよ」


「うるさいですよ!」


 二人の漫才にも似たやりとりをぼーっと眺めていたサレーナはポツリと呟いた。


「……間近で魔力を感じてみて分かった。やっぱり二人共、強い。勇者の娘というのは本当のよう」


 “強い”。その言葉に、アリスとエルレイはほぼ同時に反応した。


「もちろんです、勇者の娘ですから」


 アリスは背筋を伸ばし、無意識に拳を握っていた。


「ありがとー! 見た感じサレーナも強いよね? 今度戦おうよー!」


 エルレイは両手をパタパタ上げ、自然と戦いの約束を取り付ける。

 そんな二人の反応を見ていたシャルハートは思わず笑いそうになってしまった。

 何せザーラレイド時代、アルザとディノラスへ同じような話題を振った時、二人がアリス達と全く同じ反応をしていたからだ。


「やっぱり遺伝だよなぁ」


「うん? シャルハートさん、何か言った?」


「ううん! 何でもない! 何でもないよミラ!」


 懐かしさの余り、シャルハートは思わず口を滑らせてしまった。うっかり発言をしないよう、彼女はしばらくの間、口を両手で塞いだのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る