第47話 雪解け

 ゆっくりとサレーナを地面に下ろしたシャルハートは手を差し出した。その手の意味が分からなかったサレーナ、首をかしげる。


「これは?」


「……あれ? 普通こういうのって握手をすると聞いたことがあるんですが」


 全力でぶつかった後の握手。友達作りの究極の奥義、とシャルハートはザーラレイド時代に聞いていた。

 アルザとディノラスもこれで仲を深めたことを知っている彼女は、サレーナの反応が解せない。


「……そうなの?」


「そうなんです。サレーナさんは私に少し本気を出させた素晴らしい人ですからね」


 その言葉に、サレーナは目の色を変えた。


「私、全力の全開で戦ってもらえなかったの?」


 口調には強い抗議の意味が込められていた。


「それやっちゃうと下手すれば一国滅ぼすことになるんですよ。とはいえ、この辺に影響が出ない最大までは本気を出しました。それは誓えます」


「……私は、いつかシャルハートに勝てる?」


「ええ、いつか必ず。でも私も強くなるのでいつ勝てるかは分かりませんね。だから、いつかです」


 そう言ってシャルハートは笑った。サレーナはその笑顔に少しも“嫌味”を感じなかったことに驚いていた。

 サレーナ・ロマリスタは控えめに言って負けず嫌いである。

 そんな彼女が過剰に反応しなかったのはそれだけシャルハートの言うことに説得力を感じてしまったからであろう。

 とは言え、それで納得できる彼女でもない。むしろ燃え上がった。


「……勝つ。必ず、学校にいる間に、絶対」


「はい。私は私を負かしてくれる存在を常にお待ちしておりますよ」


 握り返された手を見て、シャルハートは満面の笑みを浮かべた。



 ◆ ◆ ◆



 その日を境に、サレーナ・ロマリスタは少しだけ変わった。


「シャルハート、ミラ、おはよう」


「おはよーサレーナさん」


「おはようございますサレーナさん!」


 毎日挨拶を交わす仲になっていたのだ。

 表情こそ無表情だが、その声にはある種の柔らかさがあった。


「サレーナ、で良い。シャルハートは私に勝った。ミラはご飯食べさせてくれるから」


「そうなんですか? それならサレーナにするね。敬称つけない呼び方って楽でいいよねー」


「わ、私はみんなに“さん”をつけているのでいつか慣れたいと思いますが、まだサレーナさんでお願いします……! ……ところでサレーナさん、今日の昼ごはんは何を持ってきましたか?」


「……今日はちゃんと作ってきた」


 そう言いながら、サレーナは自信有りげに自分のバッグからその“弁当”を取り出した。

 容器の蓋を取ると、そこには塩漬けされた“草”が入っていた。


「……これは?」


 何故か逆光でミラの表情が見えなくなったシャルハートは、言いようのない不安感に襲われる。この不安は前世、五十人掛かりで闇討ちを仕掛けられた時によく似ていた。


「その辺で採取した草の塩漬け。たまには手を動かさなきゃ、と思って」


「その心意気は認めます! 認めます! が! これは食べ物ではありませーん!!」


 ミラはぷんすか怒りながら、サレーナから容器を取り上げた。

 そして、一応その草の塩漬けを一齧りした後、再び封をした。


「一応食べたけどこれは塩です! ちょっと噛み心地が悪くて青臭い塩です! 人間が食べるものじゃなーい!」


「ミラは食べ物になると人が変わるね」


 シャルハートの指摘が一切耳に入っていないミラは自分のバッグの中から、包みに入った弁当箱を一つ手渡した。


「そう来るだろうと思って今日もお弁当作ってきましたよ! ぜっっったいこれ食べてくださいね! 栄養バランスを考えて作りましたので!」


「ありがとうミラ。ミラの作るお弁当はいつも美味しい」


「もちろんです! とにかく美味しい物を食べなきゃ人生やってられませんよ!」


 控えめに言ってサレーナの食生活は根本的に何かがオカシイので、ミラがこうしてほぼ毎日サレーナの分のお弁当を作ってきているのだ。

 そうでもしないと、迷うこと無く草を食すのだ。人として女の子として、そんなのあってはならない。

 そういうこともあるので、シャルハートはミラへ最大限の賛辞を送っていた。人に施すという、普通は出来ないことをやっているのだから。


(とはいえ? 私もミラの手作りお弁当を食べてみたいというのも事実なんだけどね)


 わざと忘れようかとも考えたが、それはそれで罪悪感があるので、なかなか踏み出せずにいたシャルハート。素直に“食べたい”と言えば、作ってくれるのかもしれないが、それもそれで優しいミラへ強要しているような気がするので、モヤつく彼女なのであった。

 そんな事を考えている内に、授業開始の鐘が鳴る。


「皆さん、おはようございます」


 今日も教師グラゼリオは何も無い所で躓き、手に持つ書類をぶちまけた。

 生徒達は笑うも、グラゼリオは特に怒こる様子もなく黙って立ち上がり、今日の授業の内容を話し始める。


「今日は課外授業、ということでダンジョンに行きます」


 ダンジョン。

 この言葉に生徒ら湧き上がる。

 そんな周りのテンションについていけない中、近くの王子リィファスもソワソワしていたため、情報収集も兼ね、シャルハートは声をかけた。


「リィファス様もワクワクしているんですね。そんなに楽しい所なんですか? ダンジョンって」


「み、見られてたか。恥ずかしいな。いや、ダンジョンはそんなに楽しい所ではないよ。魔物や罠もあるし、どちらかというと危ない所かな?」


「う~ん? え、魔物? そんなところ行くんですか、私達って」


「そうみたいだね。だからこう、武者震いというか何というか……あはは、お恥ずかしい。まだまだだね、僕も」


 ダンジョン。

 後のグラゼリオの説明を要約すると、魔物が住み着いたり、危険な罠などがある場所の総称であり、主に冒険者が潜る場所の事を指すようだ。

 リィファスからの補足を聞くと、王国騎士団も訓練と治安維持を兼ねて、手近なダンジョンに潜り、そこにいる魔物を倒したりしているらしい。


(なるほどなぁ。昔、修行がてら適当な場所に行ってはそこにいる魔物をぶっ倒してたことがあるけど、多分そういう場所のことを指すんだろうな)


 ザーラレイド時代からある単語ではあるが、特にそういった情報がなかったシャルハート。今までの情報と経験を繋ぎ合わせ、一人納得していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る