第4章 『チュリアの迷宮』

第48話 『チュリアの迷宮』

 今回の授業の舞台となる入り口付近へやってきたシャルハート達。

 真っ先にシャルハートはその“舞台”となる場所へ目を向ける。


(……ん、特にヤバい魔物はいないか。ミラも魔法は使えるし、危なくなることはないかな?)


 友人ミラのため、シャルハートはすぐに指定した範囲内の敵意を調べることが出来る魔法『探知ディテクション』を発動。それなりの数はいるようだが、強烈な敵意を持つ存在がいないことを確認する。


「どうしたの、シャルハートさん?」


「んーん。虫がいないか確認してたの」


「これから虫より怖い物と戦うかもしれないのにすごいねシャルハートさん……」


 そのやり取りを見ていた王子リィファスも同意した。


「そうだね。この『チュリアの迷宮』を前に、大したものだと思う」


 そこは、『チュリアの迷宮』と呼ばれていた。

 そもそもこの迷宮の前身は大したことのない洞窟だった。

 地下に潜っていく類の構造となっており、道中は大した驚異がない、どこにでもあるような場所。

 しかし、そこに当時のクレゼリア王国騎士団団長であるチュリアが目をつけた。

 武芸もそうだが、特に『土岩創造クリエイト・アース』を始めとする創造系の魔法の腕が凄まじかった彼は一から洞窟を作り変えたのだ。

 道を整備し、然るべき罠を仕掛け、捕まえてきた魔物を放し、中の生態系を組み立てる。

 気の遠くなるような作業を騎士団業務と並行して、行っていた彼はとうとう作り上げた。

 未来のクレゼリア王国を守る騎士達を育成する修練場を。


「そんな場所だったんですね、ここ」


「うん、でもチュリアは作るだけ作ってすぐに管理を他の人に丸投げしちゃったらしいから、当時と今では内部は結構違うみたいだね」


「作成した途端に興味を無くすとは……えと、職人みたいな人ですね」


 ものすごく言葉を選び、シャルハートはそう感想を述べるが、リィファスはそれを笑った。


「大丈夫だよシャルハートさん。みんな、『それはいくら何でも無責任です。ちゃんと引き継ぎしてください!』と口を揃えたみたいだからね」


「あはは……何だか目に浮かぶような」


 そんなやり取りをしていると、遠くから声が聞こえてきた。


「見てよアリス! ちょー面白そうな場所じゃん! ボク、めっちゃ楽しみなんだけど!」


「エルレイ落ち着きなさい。お馬鹿な子供みたいだから、はしゃがないの」


「うん!? 今、何て言ったアリス!?」


 遠くからでも分かるこの賑やかさ。

 シャルハートは何だか久々に会うような気がして、嬉しくなった。ついその声のする方へ駆け寄ると、目の前で行われている光景に、ついシャルハートは“いつも通り”だと小さく漏らしてしまった。


「えと、アリスさんエルレイさん。まだ迷宮にも入っていないのに鍔迫り合いだなんて、随分意識高いですね」


「止めないでシャルハート! ボク、今日こそはアリスに勝たなきゃいけないんだから!」


「お久しぶりですねシャルハートさん。ですが今はこのお馬鹿エルレイに灸を据えてやらなければなりませんので……!」


 当事者二人、そしてシャルハートの眼から見ればただのじゃれ合い。しかし、それ以外から見れば“ガチンコ”に見えるような壮絶な斬り合いであった。


「あ、アリスさんとエルレイさんが怪我しちゃうんじゃ……」


 ミラが少しだけ表情を固くさせながら、シャルハートの制服の裾を掴んでいた。

 他の者達が止める気配が無く、そしてミラを心配させる二人を見かねたシャルハートは介入を決断する。

 ちょうど、アリスとエルレイが距離を取り直し、最後の一撃を繰り出そうとしている所だ。

 シャルハートは白く細い人差し指をすいと向け、魔法を発動させる。

 放たれた魔法は光の鎖となり、アリスとエルレイへ襲いかかった。


「っ!? これは『拘束バインド』……!? 私が気づかなかった……!」


「うわーん! アリス、動けないよー! 助けてー!」


「アリスさん、エルレイさん。ミラが怖がってるからもう止めときましょ? ね?」


 シャルハートは仁王立ちしていた。身体の自由を奪われ、地面へ転がる二人を見下ろすように。

 そこで術者に気づいたアリスは大きくため息をつく。


「また、シャルハートさんにやられたんですか……。修行が足りませんね」


「自分で言うのもアレですが、不意打ち仕掛けたので、何も気にすることないですよアリスさん。けど、そろそろ止めてほしいのは本当です」


「ええ、私もだいぶ頭が冷えました。エルレイも落ち着いたと思うので、そろそろ解放してもらってもいいですか?」


「はーい」


 指を鳴らすと、二人を縛っていた『拘束バインド』は光の粒子となって消えていった。

 すぐに起き上がったエルレイ。頭の後ろで手を組み、頬を膨らませ、可愛らしい唇を尖らせていた。


「ぶーっ。シャルハート、戦うならちゃんと戦おーよー。ボク、シャルハートとならいつでも戦いたいよー」


「エルレイさんはやっぱりディノラスに似て戦闘マニアなんですね」


「え? パパ?」


 しまった、とシャルハートは両手で口を塞いだ。

 冷静な印象を与える外見をしているのに、何かあればすぐ戦闘に走るのがディノラスだったのだ。

 そんな戦闘したがりは確実に遺伝している。そのせいで、気が緩んでしまった。


「ううん、何でもないですよ。ディノラス様が見たらどう思うかな~って思ってただけです!」


「ぱ、パパには言わないでね……? 約束だよ?」


 目をうるうるさせて懇願するエルレイは何だか更にいじめたくなる雰囲気が醸し出されていたが、そこまで外道ではないシャルハートはなんとか理性を保ち、それを了承した。


(うん、これで良いよね? うんうん。不道ではあったけど、外道ではないからね?)


 危うくディノラスと顔を合わせづらくなるところだったと、シャルハートは小さな勝利に酔いしれる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る