第46話 炎と風と氷のセッション
襲撃者サレーナ・ロマリスタは前髪を掻き上げる。水色の髪が夜闇に良く映えていた。
彼女は改めて戦力の分析を開始する。控えめに言って、絶望的。
むしろ、良く今までこの魔力に気づかなかったなとサレーナは自らを叱責する。
違う、と彼女は首を振る。その答えは逃げだ。
より正確に言うのならば、
「……私、魔力を見る眼は良くあると思ってた。けど、大きさに関してはまだ視えてなかった」
「案外隠さないほうが誰にも気づかれないものですからね。当然といえば、当然かも」
シャルハートから滲む魔力が“大きすぎて”正確に把握しきれなかったのだ。
「さぁサレーナさん、教育してやりましょう。貴方が目指す強さの一端を見せてあげます」
その時、サレーナに悪寒走る。
即座にサレーナは両手を前へと突き出した。手のひらから魔力が迸り、シャルハートの攻撃を防ぐ障壁が生まれていた。
直後、訪れる衝撃と音。サレーナにとって経験したことのない防御の手応え。
その攻撃の正体に、彼女は驚愕する。
「……ただの、『
サレーナの未経験は何の変哲もないありふれた攻撃魔法によって引き起こされたものだった。笑うしか無い。障壁の角度を変え、炎の進行方向を変えてやると、斜め後方を飛んでいき、強烈な爆発を引き起こした。
『
だが、魔力の使い方次第で、攻撃魔法は多彩な表情を見せる。
シャルハートがやったのは、そういうことなのだ。
サレーナは両手を広げ、一気に交差させる。次の瞬間、彼女の足元から氷の茨が次々に生み出され、シャルハートへ襲いかかっていく。
以前の戦いでも使用した『
茨が様々な角度でシャルハートを貫かんと襲いかかる。対するシャルハート、直立不動の構えを取り、ただ迫りくる攻撃を見つめるばかり。
「やっぱり綺麗な魔法ですね。それに性能のバランスも良い」
シャルハートが軽く腕を振るった。まるで音楽隊を操る指揮者のような腕捌き。そんな悠長にも見える行いをする彼女には茨が突き刺さらない。それどころか、次々に細切れになっていった。
舞い散る氷の破片がシャルハートの周囲を覆い、それはどこか幻想的な光景にも視えた。
つい見惚れてしまったサレーナは気合を入れ直すように、頭を横に振った。邪念を追い出した彼女は次の攻撃の準備を行う。
その時、サレーナの肩に謎の痛みが走る!
「おっと、隙だらけだったのでつい撃ってしまいました。怪我は……無いですね?」
「……余裕」
“余裕”。それは誰に対してのものだったのか、サレーナも分からない。
シャルハートが自分へ抱いている認識か、それともこの痛みに対する認識か。
サレーナの考えを読み取る術の無いシャルハートはただジッと彼女を見つめ続ける。彼女の持つ紺碧の瞳が全てを見透かさんばかりに。
シャルハートが戯れに放った超低出力の『
「私は貴方を越えて、力を得る……!」
サレーナが宙に浮いた。否、正確には彼女の足元からせり上がってくる氷が徐々に大きくなっているのだ。
氷は自ら溶けては固まりを繰り返し、その姿を口を大きく開けた竜の頭へと変えていた。
大技の気配を感じたシャルハート。ザーラレイド時代ならば即、相手の魔法行使の工程に割り込み、発動失敗へ導く『
しかしシャルハートは片手を空に掲げるのみ。そこに何らかの魔法行使の予兆はない。
「何をする気……?」
「貴方がその魔法を放てば分かります。そして、次の一手で貴方は負けるでしょう。さあ、どうします? 撃って負けるか、撃たずして負けるか」
「愚問」
氷の竜の口から強烈な吹雪が放たれた。地面や空気中の水分が凍っていく。全てを凍てつかせる圧倒的な死の風がシャルハートを飲み込まんと迫りくる。
シャルハートは逃げる様子もなく、掲げていた手に魔力を送り込む。彼女の手のひらに小さな炎の球が出現した。一見、『
「行きますよサレーナさん。殺しはしませんから安心してください」
そして、放たれた。風を纏った火球が。
直進する火球から軌跡のように火の粉が飛び散っている。規則正しく散っていた火の粉が徐々に不規則になっていく。
速度も上がり、火の粉はやがて螺旋状に飛び散っていく。正面から見ると、炎の螺旋だった。
炎の螺旋がとうとう、死の雪風と衝突する。
その瞬間、炎の螺旋の大きさが増し、直進の勢いが今までの比ではなくなった!
「なっ……! 火と風の複合魔法……まさか……」
サレーナはまるで非現実的なものでも見たかのように口を開けていた。口を閉じるのも忘れるくらい、今目の前で起こっていることが“あり得なかった”。
『
それが、飲み込まれようとしているのだ。
獰猛な獣のような唸り声を上げ、炎の螺旋から放たれる強烈な風が氷の竜の吐息を絡め取る。
拮抗はほんの一瞬だった。
「嘘……」
炎が、風が、そして自分の作り出した冷気が、サレーナの足元にいる竜へ叩き込まれる。
直撃の勢いに耐えきれなかったサレーナが氷竜の頭上から放り出されてしまった。
地面との高さはそこそこある。受け身も取れず地面と衝突すれば大怪我必至。
いつもなら衝撃を和らげる魔法を行使していた彼女だが、それを行使せずただ落下していた。
(私の……魔法が)
自分の最大魔法が一瞬の攻防にもならなかった現実を受け入れることが出来なかったサレーナ。
世界の広さと、深さを垣間見た。
彼女の目には涙が滲んでいた。
「私の、負け」
地面まであともう少し。
サレーナの身体が硬い地面へと叩きつけられる――、
「負けを認められるのは良いことです。それだけで世界が広がりますから」
その前に、シャルハートがサレーナの背中と膝裏に手をやっていた。
いわゆる、お姫様抱っこである。
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