第45話 一夜限りの踊り、再び
アルザとの死闘を越えたその日の夜。
シャルハートは私室の外から綺麗な月を眺めつつ、ホットミルクを啜っていた。
傍らに立つは忠実な従者ロロ。いつもは縛っている長い黒髪が解かれ、シャルハートと同じような髪型になっていた。
「相変わらずロロの髪って綺麗だよね。お父さんとお母さんは魔界の生まれなんだっけ?」
「いえ、どちらも魔界ではありません。
「それだったら凄いね。魔族の特徴である黒い色がこんなに綺麗に出るんだ」
「ありがとうございます。私もこの髪の色は好きなので、嬉しいです」
ふいにロロは近づき、じっと外を見るシャルハートの肩に手を置いた。
「お嬢様、最近外は冷えるようになりました」
「……うん?」
「乙女にとって冷えは天敵です」
「…………う、ん」
言いたいことが分かってきたシャルハートの返答に、キレが無くなっていく。
ロロも主が全てを察した事に察し、笑顔で彼女と視線を合わせる。その時の圧力といったら、下手な拘束魔法よりも動けなかったほどだ。
「くれぐれも外出はしないでくださいね?」
「モチロンアタリマエデショ。モーナニイッテルノサ、ロロ。アハハハハハ」
ザーラレイド時代まで遡っても、この瞬間以上に早口が出たことがないシャルハート。
決して噛まない流暢な舌捌きで言い終えた彼女に対し、ジト目になり口を真一文字に引き締めるロロ。
他の貴族ならばきっと無礼にあたるこの相対も、シャルハートとロロにとっては当たり前。
姉妹のような、そんな距離感なのだ。
「はぁ……本当にお願いしますね? 私、体調を崩したお嬢様を見たくはないですからね?」
夜も夜だったので、ロロはそう言い残し、部屋を出ていった。
耳を澄まし、足音が消えていくのを確認したシャルハートはぐいとホットミルクを飲み干した。
「これバレたらロロに本気で怒られそうだなぁ。というか呆れられる? どっちだろ」
外行きのブーツ、そしてコート。寒い夜を出歩く準備が整ったシャルハートは出入り口へと視線を向け、心の中で謝罪をしながら、窓を開き、外へと飛び出した。
脱出はつつがなく成功。
そして夜の風を感じながら、シャルハートが向かったのは中庭であった。
真ん中辺りまで来た所で、彼女は歩みを止め、いつぞやの様に片手をあげ、周囲に魔力を巡らせる。
「もう出てきてくれて良いですよ」
「……」
物陰からフード付きのローブを纏った人物が現れた。
既に戦闘態勢が整っていることは、纏う魔力から一目瞭然。
シャルハートは戦闘はとりあえず待て、という意思を込めて両手を広げてみせる。
「戦う前に、そのフード取りませんか? どうせならちゃんと顔を合わせて戦いたいんですが」
まだ無言を貫く“フード付き”を相手に、シャルハートは少々強引な切り口で攻めることにした。
「出来れば自分から正体を明かして欲しいです。だから数を数えます。三つ数えるまでにフードを取ってくれなかったらちょっと手荒に取りたいと思います。行きますよ? 一」
二。動く気配がない。
三。自分から正体を明かす気は全くないようだ。
三を数え終わった時、シャルハートは左手を下から上に振るった。
「っ……!?」
風の魔法を操った訳ではなく、純粋に力のみで引き起こされる突風。
それに対し、何も用意していなかった“フード付き”はあっさりとそのベールを脱ぐこととなった。
「うん、やっぱり。私の思った通りですね」
「……どこで、分かったの?」
「勘付いたのは、初めてここで戦った翌日に貴方と会った瞬間。確信したのは授業で組んだ時にあの魔法を、『
「……やっぱりシャルハートにはバレていた」
「それだけ綺麗な魔法だったってことですよ。サレーナさん」
“フード付き”の正体はサレーナ・ロマリスタだった。
魔力だけでおおよその正体は掴めていたが、確証を得るにはこうした手段を取るしかなかった。
サレーナは特に驚いた様子もなく、片手を突き出す。
戦闘の意志はそのままに、彼女は確認するように言葉を紡ぐ。
「シャルハートは、私と戦う気はある?」
「逆に聞きたいんですが、サレーナさんはどうして私と戦いたいんですか? こんな暗殺者みたいな事する理由が分かりません」
「……私は、強さが欲しい。そのために、強い人と戦いたいの」
「まだ理由が分かりませんね。サレーナさんはどうして強くなりたいんですか? それが分からなければ、私は戦う気が無くなりますね」
黙るサレーナの“眼”をシャルハートは見逃さなかった。
その眼の色は良く知っている。たくさん見てきたから。
「私が戦う理由は、強さを求める理由はただ一つ」
サレーナは一度深呼吸をした後、こう言った。
「姉を殺すため」
一切の迷いもない、怨念の籠もった言葉であった。ここまで澄んだ意志はそうお目にかかれないくらいには。
「そっか。じゃあやりますか」
一瞬の動揺もない、実にあっけらかんとした反応。世間話が終わり、一呼吸を置くような、そんな感じである。
サレーナはつい不思議な顔を浮かべてしまった。
「……何も聞かないの?」
「ん。それはサレーナさんがもっと喋りたくなるような相手に、私がなれた時にお願いします。そして、今は違いますよね?」
その時だった。
「私と戦いに来たんでしょう? じゃあ戦わなければなりませんよ。そこまでの理由で向かってくる相手には私、敬意を表して全力で捻じ伏せることにしているんです」
サレーナは自分の魔力察知能力がおかしくなったのかと疑った。
一瞬で膨れ上がる魔力。自分の理解を越えた感覚。
目の前のシャルハートが巨大に見えるという錯覚まで引き起こされた。
凄まじい魔力による威圧で、身体の動きが止まりそうになるサレーナ。
そして、それはシャルハートにとっては狙っていることでもある。
これで動けなくなるようであれば、その程度。
「うん。その一歩は大事ですよサレーナさん」
だがサレーナは、その威圧を乗り越えたことを示すように、一歩前へ出た。
辛そうな表情こそ浮かべているが、彼女の闘志は折れていなかった。
それが、シャルハートにとってとても嬉しかった。
それが、サレーナにとっての試練の始まりであった。
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