第40話 サレーナの素敵なランチ

 唐突にシャルハートは片手を開いた。細くしなやかな五指である。

 サレーナは片時も目を離すものかと、意識を集中させる。この自信は一体どこから来るのか、その根拠となる魔法を今か今かと待つ。


簡易版ミニチュアの魔法達をお見せしましょう」


 そう言うと、シャルハートの五指から小さな球状の魔力が出現した。それだけ見るならば何の変哲もないただの魔力球。


「これは……!」


 だが、そこから熱や冷気、そして風を感じるのならば、また話は変わってくるであろう。

 その魔力の球を、サレーナはこう見破る。


「それぞれの指で、各属性の魔法を使った……!」


「良く分かりましたねサレーナさん。そうです、親指から炎、水、風、雷、土の魔法を使ってみました。……と、言っても魔法名が付くようなものじゃなくて、ただ単に魔力に属性という色をつけただけですけどね」


 大した事のないように言うが、それは間違いだ――そう、サレーナは指摘してやりたい気持ちでいっぱいだった。

 ただでさえ異なる属性の魔法を複数使うのは難易度が高い。

 それを五指それぞれに、それぞれ異なる属性を付与させた魔法を使えるということは一体何を指すか。


「シャルハート、貴方、やっぱり強い」


「ええ、私は強いですよ」


 サレーナの言葉に、笑顔で返すシャルハート。その言葉は純然たる事実。


「最初の、入学試験の時から、私は思っていた」


 二人のやり取りについていけないミラは、目を輝かせながら、シャルハートの五指から出ている魔法を眺めていた。



 ◆ ◆ ◆



「サレーナさん、シャルハートさんが魔法を見せたらすぐにどこかに行っちゃいましたね」


「うん。間近で見たかったんじゃないのかな?」


「シャルハートさんの魔法を?」


「うん、もっと間近でね」


 ミラが不思議そうに首を傾げる。だが、彼女がいくら考えてみても、シャルハートの言葉の意味を理解することはないだろう。

 属性魔法の授業を終え、一息ついていると、グラゼリオが皆にこう言った。


「昼からはまた皆さん運動場へと集まってください。この学園伝統の授業を行います」


 すると当然、と言えば当然であるが生徒から質問が飛んできた。

 その質問もまた、予想されていたことなのではあるが、グラぜリオは上手いこと受け流す。


「これもまた伝統でして、授業の内容は秘密となっております」


 それだけ言い、グラゼリオは教室を後にした。

 その瞬間から生徒たちの憶測が飛び交う。一体、どういう授業なのか。この話題だけで昼まで保ちそうである。


「ね、ね、シャルハートさんどんな授業だと思う?」


 ミラもやや興奮気味に想像の翼を広げていたが、シャルハートは生憎とまだこういった話題に対するリアクションが分かっていなかったが、一先ず皆の様子を見ながら、その流れに乗ることにした。


「例えば、有名な講師を呼んで、何か教えてもらったりとかかな?」


「あ! なるほど~! それもあるかもしれないね! 私はそれなら伝説の料理人であるクッカ様のお料理教室だったら嬉しいなぁ」


「私は強い人だったらいいなぁ」


 なんてことのない呟きだった。

 しかし、それが本当になるだなんて、今のシャルハートには知る由もなかったのだ。

 時間は過ぎ、昼食の時間となった。

 これが終われば、お待ちかねの例の授業である。

 生徒達の目は期待の色で染まっていた。


「それはともかく、ご飯がとても美味しい」


 シャルハートはサンドイッチをパクパクと食べていた。

 このサンドイッチは何を隠そう、忠臣であり親友であるロロお手製のサンドイッチだった。具材はハムとレタスのオーソドックスな物となっているが、素材はこだわりにこだわり抜いた一品である。


「シャルハートさんが食べてるサンドイッチ、すごい美味しそうだね。使っているレタスとハム、とても良い物を使ってるように見えるけど合ってる?」


「大正解! レタスもハムもロロが自分で作ったものなんだよ!」


 ロロはお弁当となるサンドイッチの具材といったシャルハートに関係する内容について、一切の妥協はない。

 レタスは栽培し、ハムはしっかり肉を加工するところから始めているといったこだわりよう。

 更に、シャルハートの衣服の簡単なほつれ等をすぐに修繕できるよう針仕事の訓練や紅茶を入れる訓練など、様々な訓練に時間を割いている。

 一体、いつ休んでいるのか。

 本気で知りたいシャルハートであった。


「わ! やっぱり! ロロさんはシャルハートさんがすごく大事なんだね。そうじゃなきゃこんなに素敵なサンドイッチは作れないよ」


「うん、自慢のメイドだよ!」


 ミラとの会話に花を咲かせていると、ふとシャルハートの目に遠くのサレーナが映った。

 一人でぽつんと何かを食べていた。周りはグループを作っているというのに。

 気づけばシャルハートは立ち上がっていた。ミラはすぐに彼女の考えていることを察し、笑顔になった。


「サレーナさん、ミラと一緒に食べても良いですか?」


「……うん」


 拒まれるかと思えば、実にあっさりと了承をもらってしまった。

 気が変わられても困るので、すぐに手近な席に腰を下ろし、再びシャルハートは食事を開始する。


「う~ん、やっぱりサンドイッチ美味しーなー。そういえばサレーナさんって何を食べてる……の」


 シャルハートはサレーナの手に持つ物を見て、一瞬幻惑魔法でも掛けられたかと目を疑った。


 緑。


 細長い。


 青臭い。


 そう、草である。野菜ではない。草なのだ。


「サラダ、食べてる」


 サラダではない。いや、ある意味サラダなのかもしれないが。

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