第41話 ミラ、キレる

 むしゃむしゃと草をむサレーナ。

 無表情なので感情は読めないが、少なくともマズイと思って食べている訳ではなさそうだった。

 特に偏見があるわけではないが、少なくともうら若き食べざかりの女の子が食べるものではないことだけは間違いない。

 よく見ると、その草は学園内の敷地で見たことある種類だ。つまり、その辺から毟り取って来たということ。

 お金が無い訳ではないはずだ。身なりは清潔だし、制服には一切のシワが見当たらない。

 確実に何かある、そこまでは推測できたが、詮索するにもまだそこまで信頼関係を築けてはいない。

 どういう方面からサレーナを諭そうかと考えるシャルハートは、ふと隣のミラが震えていることに気づいた。


「ミラ? どうした――」



「そんなの食事じゃなーーーーーーーい!!!」



「うぉ」


 今まで聞いたことのない声量でミラが叫んだ。

 大人しそうなイメージからはとても想像がつかないキレ具合。腹から声が出ていた。

 今にも掴みかからん勢いで、ミラはサレーナへ顔を近づける。その拍子に彼女の三編みが揺れた。


「サレーナさん! それは食事じゃないよ! 食事っぽい何かだよ!」


「でも、この青臭さが……」


 その剣幕にサレーナが言葉を詰まらせる。彼女は何故、ミラがキレているのかが全く分かっていなかった。

 逆にミラは、どうして分かってくれないのかが分からなかった。


「ダイエットでも笑えない内容だよそれ! 良いから、これ食べて!」


 そう言い、ミラは自分のお弁当箱を置いた。何故か二つある。

 数について指摘すると、彼女は少し恥ずかしそうに「予備です」と答えた。食べざかりの年頃なのである。

 その内の一つをサレーナへ渡した。


「これ、もらって良いの?」


「むしろもらって! 『ご飯を疎かにする者は大事な時にちゃんと頑張れない』ってお母さんが良く言ってたんだから!」


「っ……」


 そう言えばミラの母親は料理を教えていると以前、聞いたことがある。

 そして本人も料理を作ることが好きだというのもあるから、目の前でちゃんと食べていない人を見ると、許せなくなるのだろうか。

 ぼんやりとそんな事を考えながら、シャルハートもミラの援護に回ることにした。

 シャルハートの目から見ても、流石に草を食べる者は二十年前にもいなかった。普通に考えて、止めるのが当たり前だろう。


「そうですよサレーナさん。栄養はちゃんと摂らないと。魔力にも影響出てきますよ」


 ピクリと、サレーナが反応を示した。

 やはり魔法に絡めると話がスムーズに通る。今までのやり取りから、試しに仕掛けてみたが効果てきめんのようだ。

 それでようやく食べる気持ちになったようで、サレーナはミラから箸を受け取った。


「さ、食べて! お口に合うといいんだけど」


 ミラのお手製弁当は卵焼きやサラダ、ウインナーなど実に彩りに溢れ、なおかつ栄養バランスも良いというまさに理想のお弁当であった。

 見ているだけだというのに、シャルハートはよだれが出そうになった。

 サレーナは卵焼きを一口食べると、僅かに目を開いた。

 そのリアクションに、ミラは何となく緊張した。


「ど、どうかな?」


「……美味しい」


「やったぁ!」


 するとサレーナは凄まじい勢いでパクパクとお弁当を掻き込んでいく。

 口ではああ言っていたが、身体はやはり求めていたのだろう。ほんの少しの間で既にお弁当は空になっていた。

 その食べっぷりを見ていたミラはとても嬉しそうだった。


「……美味しかった、とても」


「はい! お粗末さまでした!」


 すごく綺麗に食べていた。ご飯粒どころか食べカスの一欠片すらなかった。食べきった表情は心なしか満足しているように見える。

 少し落ち着いた頃、不意にサレーナがシャルハートの顔を覗き込む。


「……シャルハート、一つ聞いてもいい?」


「うん、何でも聞いてもいいよ!」


「シャルハートは、どうしてそんなに強いの?」


「それはサレーナさん、水はどうして流れるの? くらい不毛な質問ですよ」


「……すごい、自信」


 強さの話になるとすぐにドヤ顔になるシャルハート。ザーラレイド時代も良くこういう顔になっていた。

 サレーナはそんなシャルハートをただ無感情に見つめる。満腹感で満たされた幸せな表情は既に消え失せていた。



 ◆ ◆ ◆



 待ちに待った昼食明け。

 運動場には生徒たちが集まっていた。

 だが、まだ特別な授業感はない。


「皆さん、揃っていますね。……あっ」


 グラゼリオがまた転んでしまった。それを見て笑う生徒たち。

 最近、グラゼリオに対する評価が確定しつつあった。最初こそは端正な顔立ちもあり、女子生徒たちからの評価が厚かった。

 しかし、何か物を忘れたり、なにもない所で転ぶ姿をたくさん見ていた生徒たちからの評価は一つ。

 “かっこいいけど、何か頼りない先生”。


「……これから特別授業を始めます」


 そしてグラゼリオの良いところなのか悪いところなのかは分からないが、自分の失敗を全くなかったことにして次に切り替えられる点はその次に評価されていた。


「今回は特別講師においでいただき、そして色々と教えてもらいながら、最後に……いえ、まあ、私の話はこれくらいでいいでしょう。早速登場してもらいましょうか」


 そう言い、グラゼリオは片耳に手を当て、何かを呟いた。

 仕草を見て、シャルハートはそれが特定の相手と思考のみで会話をすることが出来る魔法『紐なし通話テレ・トーク』だということを察した。

 すると、少しした内に、講師が歩いてきた。

 最初は遠目に眺めているだけであった生徒だが、やがてその歓声が大きくなる。

 シャルハートは逆に顔をひきつらせた。

 何せ、皆は良くても、“彼”はシャルハートにとっては最大の頭痛の種。

 美しい金髪、全てに安心感をもたらすような勇ましい顔立ち。何百、下手すれば何千回と見た顔。

 そして、何百、何千回と死闘を繰り広げたもはや“戦友”と言っても差し支えないであろう血と汗と涙の関係。


「皆さん、こんにちは。クレゼリア王国騎士団長アルザ・シグニスタです。本日はよろしくお願いします!」


 アリスの父親であり、“不道魔王”を討った英雄の一人である人間界の勇者アルザ・シグニスタがそう言い、見るもの全ての心を溶かすような爽やかな笑顔を浮かべて、そう言った。

 もし許されるならば、シャルハートはその場から立ち去りたかった。

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