第39話 三人組作ってください

 教室内であくびをする者がいた。

 そう、シャルハートであった。


「ふぁ……」


「シャルハートさんもしかして眠いの?」


「うん、まあ……昨日ちょっと夜ふかししすぎてね」


 昨日の一戦を思い返すと、今でもニヤニヤが止まらない。

 今夜も来るのだろうか、となんとなく考えていると、グラゼリオが教室へと入ってきた。


「それでは授業を始めます」


 今日は転ばなかったのだなと、生徒のだいたいがそう思っていた。初日のインパクトはそう容易く拭いきれるものではないのだ。

 そんな生徒たちを尻目に、シャルハートは授業への意欲をむくむく高まらせていた。

 戦いばかりだった前世だったので、こうしてのんびりと学ぶことの喜びを誰よりも知っているのが、彼女であった。


「今日は魔法の属性についてです」


 そう前振りをし、グラゼリオは授業を開始した。

 内容自体はシャルハートが良く知っていることだったが、別の人間の視点で話を聞くというのはまた新鮮であった。


「というように、世界には様々な属性魔法が確認されています。メジャーどころでは炎や水、それに風や土ですね。他にも氷の属性や雷の属性を操る者もいますが、だいたいはそんなところでしょう。世界にはまだまだ皆さんの知らない魔法が沢山あります。魔法研究を志す者がこの中にいましたら良く覚えておいてください」


 グラゼリオの言う通りだ、とシャルハートはうっかり合いの手を入れそうになってしまった。


(時間を操り、生死を操り、それに魂すら操れるのが魔法。魔力は鍵なんだ。然るべき魔力があれば、どんな魔法でも使えるんだ)


 だからこそ、シャルハートは二十年前、最強であった。最強であり続けた。


「基本的に皆さんは、理論上は全ての属性を使えるはずです。ですが、属性によって魔力の使い方も変わってくるので向き不向きが出てくることでしょう」


 そこで一拍置き、グラゼリオは三本の指を立てた。


「そこで今日は三人一組になって、それぞれが使える魔法を見せあい、そしてそれぞれの得意不得意な属性を探っていきましょう」


 三人一組は自然に出来上がっていた。

 だが、シャルハートはまだ三人一組を作り上げることが出来なかった。

 ミラは当然というべきか、とっくの昔に組んでいる。あと一人いれば組が完成する。

 辺りを見回しても、既に三人一組が出来上がっているため、声をかけることもできない。

 グラゼリオに入ってもらうか、そんなことを考えていると、一人の女子生徒がふらりとやってきた。



「……まだ、空いてる?」



 前髪両サイドが長い水色ショートカットの女子生徒が無表情でそう問いかける。

 彼女の顔をシャルハートは覚えていた。確か、彼女は教室の隅っこにいる生徒。自己紹介の時、こう名乗っていたはずである。



「えっと、サレーナ・ロマリスタさんですよね?」



「正解。良く、覚えてる」


「私、記憶力は良い方なんですよね」


「空いてるなら、入れて欲しい」


「私は良いですよ。ミラは?」


 ほぼ愚問に近いが、一応ミラへ聞いてみると、二つ返事でオーケーだった。

 これでようやく三人一組完成である。

 それを確認したグラゼリオは、教室内に結界を張り、余り強力な魔法を使わないように念を押した。

 彼曰く、この学園の材料には特殊な物が使われているようで、少し魔力を込めるだけで壊れないように結界を張れるとのこと。

 不思議な造りに感動しつつも、まずはやることをこなすべく、シャルハートは仕掛ける。


「私はシャルハート・グリルラーズです。よろしくね!」


「ミラ・アルカイトです。サレーナさん、よろしくお願いします!」


「……よろしく」


 ミラから順番に魔法を使うことになり、まずは緊張しながらも彼女は魔法を行使した。


「えと、『氷塊アイス』! それに『火炎フレア』!」


 すると、彼女の両手からそれぞれ小さな氷と炎が生成された。氷の方は最初の入学試験の際に、使えることは知っていたが、炎も使えるとは思わなかった。シャルハートは手を叩いた。


「すごいねミラ。二つ属性使えるんだ」


「えへへ……お家でお料理の役に立つかなと思って、練習してたんだ」


 あくまで趣味のため、というところが実にミラらしかった。

 そんなやり取りの中、サレーナはじっとミラの手のひらにある『氷塊アイス』を見つめていた。

 口数も少ないため、ただじっと見つめる彼女はやがて、ゆっくりと呟く。


「綺麗な氷。だけど、もう少し、純度を高めることが出来る」


 「見てて」と言うと、サレーナは両手を広げ、ミラが使った『氷塊アイス』を行使する。


「わぁ……すごい!」


 大きさこそミラとは変わりなかったが、透明度は段違いであった。ミラの氷が曇ったガラスとするのならば、サレーナの氷はまるで磨きたての鏡のような美しさ。

 適切な魔力コントロールが為せる技と言えた。

 これは少し練習しただけで出来るものではなかった。これはもっと、そう、才能も大きな要因の一つと言えよう。

 才能と努力の織りなす芸術品と言って、差し支えないだろう。


「次は、シャルハート。私は氷の魔法しか使えないから」


「うん、分かった。ん~何使おっかな~」


 こと魔法を極めた“不道魔王”であるシャルハート。魔法は大体使えるという絶対の自信があるが故に、どんな魔法を使おうかという贅沢な悩みがあった。

 そんなシャルハートを、サレーナはただじっと見つめていた。

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