第38話 一夜限りの踊り
シャルハートの気が変わった。
適当にぶん殴って気絶させてから、その正体を拝もうと思っていたが、それは後回しにすることにした。
この一夜だけの関係も、中々に悪くない。
「来てください。まだまだこれだけでは無いですよね?」
「……」
挑発にでも乗ったのか、“フード付き”は先程見せた氷の突撃槍を再び作り出した。
「接近戦! 良いですね、好きですよ私」
そう言いながら、シャルハートは自身の魔力を適当に束ねて、棒状に作り上げた。
これは『
最初から殺す気のないシャルハートにとっては、これで十分すぎた。
「さあ、教育してやりましょう」
いつもの口癖が出ていた。
これは彼女にとって、一つのスイッチである。これがオンに切り替わる時、彼女は戦闘に対して圧倒的に、そして傲慢になるのだ。
「……ッ」
彼女の足元の地面が凍り、徐々に速度を上げてシャルハートへ向かっていく。
シャルハート、それを見て即座に氷の捕縛魔法『
炎の魔法が得意な者ならば、全身が凍る前に相殺することも可能という弱点もあるが、それを補って余りある使いやすさがこの魔法にはあった。
夜の闇で少々視界が悪かったが、避けることは容易かった。問題は次。
その回避の隙を狙うべく“フード付き”が駆け、その勢いを乗せた突きの構えをしている。
瞬きもせず、シャルハートはそれを見つめる。
穂先が繰り出されるその時まで。
「……おいでおいでおいで」
放たれた。
右肩を狙った一刺し。しかし、それがシャルハートの柔肌に食い込むことはなかった。
「視えるもんだ、私も」
魔力棒で刺突を逸していた。その結果が分かっていたように、“フード付き”は次の攻撃へと移る。
薙ぎ、そして足元を払い、そして再び突く。
対するシャルハートはそれを全て迎撃する。そこから一歩も動かずに。
突撃槍を引くタイミングに合わせ、シャルハートは魔力棒で槍を持つ方の腕を小突いてやった。
大ぶりの武器を使っているためか、大した力を込めていないにも関わらず、バランスを崩す“フード付き”。
その隙を逃さなかったシャルハートは、片手を翳し、魔法を行使した。
「『
ライルへ放った時よりも遥かに力を抑えた風の鉄槌は、“フード付き”のがら空きの胴体を殴りつけ、そのまま数メートル吹き飛ばした。
受け身も取れず、地面に叩きつけられたのを見て、どれくらいで立ち上がれるか見守るシャルハート。
良い勢いで飛んでいき、まともに受け身も取れず、地面にぶつかったのだ。戦闘に心得の無い者ならば、これでゲームセット。
だが、もし違うのならば。
「……うん、良い根性だ」
ゆっくりと立ち上がる“フード付き”を見て、彼女は嬉しくなった。少しばかり骨のある相手と戦えるこの喜びは何者にも代えがたい。
だからこそ、彼女はそこで魔力棒を仕舞う。
表情こそ見えないが、僅かに“フード付き”が困惑しているようにも見えた。
そこでシャルハートはこう言った。
「今日は帰してあげます。もしこれで懲りなかったら、また明日も来て良いですよ」
言いながら、シャルハートはこの辺りを覆う魔力結界の一部に穴を開けた。
「殺意のない攻撃をして来た所を見れば、貴方もまだ大怪我したくないですよね? だから、今日のところは対策を考えて、それからまたやってきてください。私はいつでも相手しますから」
「……」
“フード付き”は特にこれ以上戦闘をする気もないようで、シャルハートの言葉に従い、その穴を潜り、そして姿を消した。
「小さな氷を乱反射させ、辺りの景色と同化する隠蔽魔法『
謎の襲撃者が完全に姿を消したのを確認すると、シャルハートは魔力結界を解除した。
この事はガレハドにもメラリーカにも、そしてロロにも言うつもりはなかった。少なくとも、相手の目的は自分の殺害でないことは間違いないのだから。
そう、今の攻防を例えるのならば、“力試し”。
純粋に自らの力をぶつけに来たと考えるのがスッキリするだろう。
「またそのうち現れるよね、きっと」
肌寒くなってきた。
風邪を引かないうちにさっさと私室へ戻ろうとすると、何やら良く知った気配が近づいてきた。
「おーじょーうーさーまー?」
「げっロロ!?」
そこには、笑顔を引きつらせたロロが仁王立ちしていた。
「げっ、じゃありません! 今何時だと思ってるんですか!?」
「な、なんでここに……?」
「ちょっと忘れ物したからお嬢様の部屋に戻ったんです! 扉がちょっと開いてたし、明かりも漏れてたからノックしましたが何も返事ないし、心配になったので様子を見に入ったらいないんですもの! びっくりしましたよ! 外行きのコートも無いし!」
「あ、あはは……ごめんね」
「もー! 早く戻りますよ! そして、今夜はお嬢様がこれ以上夜ふかししないように、眠るまでお側にいますからね!」
ザーラレイド時代は百戦錬磨であった。敗北という言葉は知らない。
しかし、この怒っているロロには、一度も勝てたことがないシャルハートなのであった。
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