第37話 夜の襲撃者

「お嬢様、クレゼリア学園はどうでしょうか?」


「さいっこう」


 初授業の夜。

 久しぶりにロロお手製のホットミルクを飲みたくなった為、彼女を呼び、ささやかな女子会を開くことにした。

 シャルハートの私室には既に寝間着に着替えた彼女とロロだけ。

 人が多い学園とは真逆で、実に静かな時間であった。


「そういえば聞きましたよお嬢様。アルザ様とディノラス様のご息女であられるアリス様とエルレイ様も同じ学園に通っているとか」


「そうそう。噂だと、学園でも二人は喧嘩してるってさー。初日の授業は二人の決闘だったとかなんとか」


「うひゃあ……先生も大変ですね……」


 そんな話を皮切りに、色々な話に花を咲かせる二人。

 その中でも、ロロは特に気になっていた事を聞いてみることにした。


「ミラ様はお元気でしょうか? 先日はアルザ様とディノラス様がいらっしゃっていたので、ミラ様とも一瞬しかお話できなくて残念だったんです」


「うん、元気! それにとっても良い子なんだ! パンケーキ食べさせたかったな……」


 アリスとエルレイの件があったため、結局パンケーキを食べさせる事ができなかったのだ。

 今、思い出すと何だかふつふつと込み上げてくるものがある。

 それを察したロロは、シャルハートの手を取り、にっこりと笑った。


「大丈夫ですよお嬢様! このロロ、何枚でもパンケーキを焼きますので、またミラ様を連れてきてください! 今度はずっと付けるようメイド長にも掛け合ってみますので!」


「その時はよろしくね! 私もロロのパンケーキ食べたかったのにな~。ねぇ、今からでも――」


「流石に今からは食べさせられませんね。夜に甘い物は厳禁ですよ」


「ロロのケチ」


「私はお嬢様の健康を考えているのです。私だって許されるなら可愛いシャルハート様に美味しいパンケーキを食べさせたいのですが……」


 ヨヨヨ、と涙を拭うフリをするロロ。

 もうひと押しすればパンケーキにありつけるのではないか、そんなことを考えていた時、シャルハートはふと窓の外を見た。


「……」


 すると、シャルハートはロロへ向き直る。


「ふぁ……そろそろ眠くなってきたかも」


「あ、そうですか。では私はそろそろ戻りますね。お嬢様、また明日」


「うん、また明日~」


 パタン、と扉が閉められたのを確認するや否や、シャルハートはブーツに履き替え、クローゼットの中から外出用のコートを取り出した。

 コートを羽織るや否や、彼女は窓を開け、そこから飛び降りた。

 二階からのダイブ。しかし、彼女は足裏に魔力の塊を放出し、衝撃を和らげたため、無傷である。

 夜の暗闇の中、シャルハートは歩みを進める。顔は真っ直ぐに、歩みには迷いがない。


 歩くこと数分。


 中庭までやってきたシャルハートは片手を上げ、辺りに魔力を巡らせた。


「もう出てきて良いですよ。この辺りの空間を魔力で覆ったので、この中の音は外には漏れません」


「……」


 すると、物陰からフード付きのローブを被った謎の人物が現れた。

 背丈や体のラインを見る限り、少なくとも大人ではないことは分かる。


 だからこそ、余計疑問であった。


 てっきりガレハドに恨みを持つ者が娘であるシャルハートを狙いに来たのかと思っていたのだ。

 それがまさかの外れであったからこそ、シャルハートは問いたださなければならない。


「ちゃんと質問に答えてくれれば生きて帰してあげます。もし、私の命を狙いに来たのならば、相応の覚悟をしてください」


 そこでシャルハートは言葉を切り、相手からの返答を待つ。

 数十秒待ってみる。しかし、相手が口を開く気配はなかった。

 いや、気配はあった。“攻撃魔法の気配”が。


「……『氷の茨アイシクル・ソーン』」


 “フード付き”の左右の足元から、氷の茨が何本も出現し、シャルハート目掛け、襲いかかってくる。

 即座に防御魔法を展開し、その氷の一撃を観察する。

 威力、速度、魔力の密度、どれを取っても申し分ない良い攻撃であった。

 並の防御魔法ならば容易く貫いてきたであろうことは大いに想像出来る。

 故に分からなかった。

 それならば何故、この攻撃には本来“なければならないであろう感情”が宿っていないのか。

 思考を巡らせていると、“フード付き”がシャルハートを中心に円を描くように走り出した。

 次は何をしてくるのか、とシャルハートが興味を示す。

 相手が誰であれ、久しぶりに見るハイレベルな氷の魔法なのだ。

 まずはじっくり見なければ、実に勿体ない。


「……次、『氷の花弁アイシクル・ペタル』」


 シャルハートに襲いかかる氷で出来た茨が次々に散っていき、その破片は花びらへと形を変えた。

 すると、まるで花吹雪のように、シャルハートを取り巻き、やがてそれは彼女を包むように大きなドームへと姿を変えた。


「へぇ……速い攻撃で足を止めさせてからガッチリと私を捕まえる、か。良い連携であり、良い判断だ」


 そのまま“フード付き”は自らの右手に氷を纏わせ、見事な突撃槍ランスを作り出すと、シャルハート目掛けて走り出す。

 ドームで視界は塞がれているが、魔力が近づいてくるのを感じていたシャルハートは次の攻撃を即座に察知する。


「突撃か! 完璧だよ! 美しい流れだね! これなら間違いなく相手を貫けるはず!」


 素直に賛辞に値した。無駄のない美しい連携。

 これならば、スマートに相手を倒すことが出来るだろう。


 相手がシャルハート・グリルラーズでなければ、だが。


「よっ……」


 シャルハートが片腕を一振りした、それだけで氷のドームに亀裂が走り、そして爆ぜた。


「……っ!?」


 突然ドームが爆発したので、“フード付き”は一旦突撃を停止する。

 氷があちこちに飛散していく。


「うん、本当にすごいよ。どこで勉強してきたの、その技術は?」


 腕を組み、興味深そうに辺りを見回すシャルハートの姿が、そこにあった。

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