第31話 当然の事実
現在の状況は、シャルハートの圧倒的不利と見る者は少なくないだろう。
それだけライルの『
「なるほど」
学生のレベル内で見ると、そこそこ以上のレベルであった。
軽く他の模擬戦を見ていたが、ライルの魔法の腕前はそれを上回る。流石は武門の家、といったところであろうか。
幼い頃から然るべき指導を受けていることの証左である。
そうなってくると――グラゼリオは自らにハンデを課した大胆不敵な少女シャルハートへと視線を移す。
どうやって捌いてくれるのか、見ものである。
あれだけ自信満々に振る舞える人間は二択である。
自惚れが酷い自意識過剰の馬鹿か、それとも――。
風の刃が迫ろうとしていた。
グラゼリオはすぐにでも最悪の事態に対応できるよう、既に回復魔法や防御魔法の準備を始めていた。
「うん、良い勢いだ」
飛んでくる『
この年齢でこれだけの威力を出せるのは素直に凄い。あとは、この力量を正しい方向に鍛えていけばきっと化けるだろう。
極めて呑気に魔法を分析していると、既に目前まで迫っていた。
するとシャルハートの次の行いに、生徒たちどよめく。
「シャルハートさん! 危ない!」
その中でもミラは悲鳴に近い叫び声をあげた。
防御魔法や迎撃をするどころか、一度両腕を高く上げたと思ったら、次には左右に広げ、迎え入れる体勢を取ったのだ。
考えられる最悪の状況にミラはもう倒れそうになっていた。
「おい! 何やってんだ!?」
それはライルも同様であった。まさか、無防備にただ手を広げるだけだなんて思ってもいなかった。
だが、今更攻撃魔法は止まらず、そのままシャルハートへ襲いかかった。
「……」
「シャルハートさん!?」
鮮血が吹き出すのか――誰もがそう思っていた中、シャルハートは大きく伸びをした。
「ん……威力もいい感じだね。これからの成長に期待、って感じだな」
「お、おお前、無傷……!? 僕の魔法を食らって?」
「そうですね。私の魔法防御は貫通できなかったみたいです。まあ、気を落とさないでくださいよ。私に傷つけられる人は、そういないですからね」
フカシではなく、事実。
シャルハートの魔法防御は非常に堅固であり、並の魔法ならばシャルハートにかすり傷一つ負わせることはできない。
ましてや、学生レベルで傷などありえない。
力は完全に見きった。
それなら後は、後腐れのないよう、徹底的に打ちのめすのみ。
そのための“仕込み”は既に完了していた。
「次は私の攻撃の番ですかね? 大丈夫です、酷い傷を負わせるつもりはないので、安心してください」
「はっ! どんな手品を使ったかは分からないが、僕も魔法防御、それに『
「それなら私は大丈夫そうですね。もう、攻撃準備は完了していますから」
「は……?」
上を指差したシャルハートにつられ、ライル始め、生徒たちは上を向いた。
すると、あった。彼女の言う“攻撃”が。
そこには空気が渦巻き、ライルの頭上を正確に位置取っていた。まるで意志を持った怪物のように、今にも襲いかかってきそうな凄みが放たれていた。
「これ、は……」
「――教育してやりましょう、ライルさん。圧倒的な攻撃という物を」
いつの間に? 疑問がライルを埋め尽くす。
そんな素振りは一切なかった。攻撃魔法をいつ、彼女は使用したのだ。
そこまで考えて、シャルハートの先程の行動を思い出した。
「僕の攻撃を受け入れる前に行った、あの妙な動き……!」
ただ腕を広げるだけで良かったのに、彼女は“まず両腕を高く上げていた”。
他に思い当たるところはなく、その事実と行使の速さに、ライルは愕然とした。
「いつのま――」
「感想言う暇あるなら即防御、ですよ」
シャルハートが手を振り下ろすと、それを合図とばかりに風圧が真上からライルへと襲いかかる。
風が持つ力をそのまま相手に叩きつける攻撃魔法、これこそが『
意識を完全に失う刹那、彼はこんな感想を抱いていた。
(何だこれは……? 僕はそもそも“勝負”をしていたのか?)
ライルが目覚めたのは数分後のことであった。
「はっ……!?」
「お、早いですね。かなり手加減したとはいえ、すぐ起きられたのはだいぶ偉いですよ」
「勝負は……」
聞くまでもなかった。周りの生徒たちが皆、シャルハートを見ていることこそが何よりの答え。そして、敗者は決まって地に尻をつける。
そう、今の自分がそうであるように。
「聞かせてくれ、グリルラーズ」
「何か?」
「僕が君に勝てる可能性はどれくらいあった?」
「ゼロですね」
「は、はは……愛想すら言ってくれないのか」
その気持ちのいい切れ味に、ライルは何だか毒気を抜かれたような感覚に陥った。
自分は強い、そう思い、今までやってきた。
それだというのに、真正面から本気でぶつかり、真正面から打ち倒されたこの言いようのない感情は何なのだろう。
それに対して、ライルはまだ正解を持ち合わせてはいなかった。
「グリルラーズ、僕の負けだ。だが、必ず次は勝たせてもらう」
「ん、分かりました。それは誰もが通る道です。勇者アルザ、そして勇者ディノラスでさえ、そう思っていましたよ。その気持ちを忘れさえしなければ、何にでもなれます」
「君に言われると、不思議な説得力があるな。だが、それならそれで良い。その言葉を信じよう」
自然とライルは手を伸ばしていた。
理屈はない。ただ、目の前の人間に対する敬意からだった。
それを分かっていたからこそ、シャルハートもまたそれに応えるのだ。
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