第30話 対決、ライル・エキサリス
ライルとシャルハートの戦いはすぐに見学者が増えた。模擬戦を中止する者たちまでいるくらいである。
グラゼリオは黙っていた。つまり、これは黙認されたということである。
「良いんですか? 皆、手を止めて私たちを見てますよ?」
「丁度いい。お前を無様に負かして僕が強いってことをはっきり教えてやれるからな」
「それは楽しみです」
シャルハートがちらっとギャラリーを見た。すると、ミラが心配そうに、リィファスはじっと真剣に見つめていた。
少なくとも、この二人の前でカッコ悪いところは見せられないとシャルハートは気持ちを新たにする。
両者の間合いは、大きく離れている。
シャルハートの脚力ならば一秒でライルの懐に入り、そして近距離用の攻撃魔法を叩き込むのは実に容易い。
だからこそ、シャルハートはあえてその選択肢を取らないようにした。
しかし、それだけでは面白くない。
シャルハートはつま先で自分の周囲に円を描いた。
半径の長さは適当で、ざっくりと自分の両腕を思い切り伸ばしたくらいにした。
「ライルさん、私はこの円から出ませんので、自由に攻撃してきてください」
迎撃こそシャルハートの戦い方である。
ザーラレイド時代の癖で、相手の全力を受け止めてから、こちらも全力で殴り返すというスタイルを無意識に取っていた。
見ようによっては“侮り”と取られてもおかしくない。今回に限っては、“ハンデ”という意味合いもあるが、それでもこれこそがシャルハートの戦いなのだ。
「僕を馬鹿にしているのか!? 負けた時にそれを言い訳にするなよ!」
「大丈夫です。う~ん、まずは私から撃った方がやりやすいですかね? じゃあ軽めに『
前世の経験から、殺さないように戦うことは初めてではなかったシャルハートは、その辺の加減は心得ている。
まずはこれぐらいの簡単な攻撃魔法で、動きを見るのが手っ取り早いだろう――そんな思いで彼女は魔法を放つ。
「なっ!?」
魔法陣が出現する。その数、四つ。
小手調べがてら魔法陣から放たれたその『
防御かそれとも攻撃魔法で相殺するのか、わくわくしながら見ていたシャルハートだったが、彼の行動はそのどれでもなかった。
「えっ!?」
回避。迎撃するのではなく、回避であった。爆発するほどの魔力は込めていなかったので、回避を狩ることはなく、そのまま運動場の地面を焼いただけだ。
攻撃の成否はおいておいて、その行動はシャルハートの首を傾げさせた。
「何で、防御なり相殺なりしないんですか!?」
「出来るか! 何だよそれ!? 普通、一個とかだろ!?」
「ええっ!?」
嘘だと、思いながらシャルハートは周りを見てみたが、ライルの言葉は正しかったようだ。
何人かは動じていなかったが、多数は驚いていた。
珍しい物を見たかのような、そんな反応である。
そこでシャルハートは察した。
(げ、これ力加減間違えたんじゃないかな……?)
グラゼリオを見るが、彼は黙って眺めていた。
つまりは続行オーケーということである。
気を取り直して、再びシャルハートは声をかける。
このままだと一方的に終わってしまうと予感し、少しだけ煽りを入れてみることにした。
「どうしたんですかー? もしかして『参った』って言いたいんですか? それなら良いですよー?」
「馬鹿にするなよ。僕はエキサリス家の長男だ。戦わずにして負けるなんてあってはならない! 多少の怪我は覚悟してもらおうか! 『
背後に巨大な魔法陣が出現すると、そこから突風が吹き荒れる。
魔力を帯び、ほんのりと可視化された薄い色の風の刃が、シャルハートの肌に傷をつけんと、一斉に襲いかかる。
宣言どおり、シャルハートは円の中からは出ず、その攻撃への対処を始める。
「なるほど、大きいこと言うだけあって、そこそこ強めなんですね」
冷静にライルの攻撃を分析しながら、シャルハートは人差し指を向けた。
「風には風ですね」
人差し指を中心に、風が渦巻き始める。
分厚い風が攻撃を受け止めるまたは逸してくれるこの防御魔法は『
肉どころから骨まで両断しかねない鋭い風の刃が、乙女の掲げる風の盾へと吸い込まれていく。
術者の力が高ければ、強引に突破され、切り傷がついていたところではあるが、いつの間にか風の刃はその流れに巻き込まれ、盾の一部へと化していた。
「な……完全に防がれた!? いいや、まだだ。『
再び現れる魔法陣。そこから放たれるはまるで剣のように長く、薄くなった風の刃。先程のが薄皮程度しか切れないであろうナマクラだとして、こちらはちゃんと殺傷能力が秘められた威力となっている。
「おまけにもう一枚!」
ダメ押し、とばかりにライルは更に『
もの凄い勢いで飛んでいき、先に飛んでいた魔法に合流し、正面から見ると“バツ印”のように見えた。
この時点で、グラゼリオの言葉を無視するという形にはなっていた。
軽く見積もると、直撃すれば重傷待ったなしのコースである。
彼はまだ待ったをかけない。
対応できる、と思っているのだろうか。そんな予想をしていたシャルハートは、だったらそれに応えてやることにした。
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