第29話 ライル再び

 ウルスラの導きで走り続けた結果、本当に運動場へと辿り着いてしまった。

 二つ上の先輩ということだけは信じてあげようと心のなかで思ったシャルハートである。

 既に皆が集まっており、シャルハート達へと顔を向けていた。

 多少の照れくささはあれど、遅刻せずに済んだ安堵感で一杯の彼女はミラを引き連れ、そそくさと輪に加わった。


「それではシャルハートさんとミラさんと今……最後の一人がやってきましたね」


「最後? 私たちで最後じゃないの?」


 走り寄ってくる足音が聞こえた。そして、徐々に湧き上がる女子たちからの黄色い声。

 既視感があるぞ、と何やら予感がしたシャルハートは、ふいに後ろを振り向いた。

 すると、やはり見たことのある金髪美少年が爽やかな汗を流しながら、駆け寄ってきていた。



「遅れてすいません。リィファス・デル・クレゼリア、只今到着しました」



「あ、リィファス様だ」


「リィファス様!?」


 ミラが慌てふためく中、平常心のシャルハートは軽く手を振ってやると、リィファスも笑顔と共に手を振り返してくれた。

 そのやりとりでまた女子生徒たちから、とても“熱い”視線を向けられるが、とうのシャルハートは全く気にしていなかった。

 前世の時を思い返せば、この程度はただ虫がこちらの様子を伺っているのとほぼ同義なのだから。

 到着するリィファスに動揺することもなく、グラゼリオはこう言った。


「もう少し遅くなると聞いていましたが、早かったですね」


「ええ、思ったよりも早く会合が終わったので」


 王子としての役目を果たした後に、こうやって勉学に来ることの何たる真面目なことか。

 感動していたシャルハートに気づいたのか、リィファスが近づいてきた。


「やあシャルハートさん、それにミラさん。久々だね、今日からよろしく」


「よろしく~」


「よ、よろしくお願いします!」


 のんびりとしたシャルハート、そしてガクガクと緊張で震えるミラ。

 特にミラは少しばかり不安だった。王子に顔と名前を覚えてもらっているという嬉しさとそして、後から来るかもしれな嫉妬などなど。

 今から不安なミラであった。


「それでは皆揃ったので、早速やっていきましょうか。今日は皆、自由に魔法を使って、戦ってもらいます」


 そのグラゼリオの一言に、生徒たちやる気が出たのか徐々に騒がしくなっていく。

 誰が強いか、といったこのぐらいの子供達なら決めておきたい“最強”。その決定戦が今、始まろうとする。


「あ、待ってください」


 待ちきれない生徒同士が組を作って早速攻撃魔法を放とうしたその時、それぞれの地面から光の鎖が伸び、先走ろうとした生徒たちを拘束する。

 突然の行動不能に生徒たちは驚きを露わにする中、シャルハートはその拘束魔法に目がいっていた。


(『拘束バインド』か。相手を拘束するシンプルな魔法だけど、その性能は術者による。……グラぜリオ、か。『火炎フレア』のときもそうだったけど、かなりのやり手だね。その証拠に――)


 そして、シャルハートが更に驚いたのは、グラゼリオが何も魔法名を言わず、唱えたことにある。

 本来ならば世界へ働きかけるための方法の一つとして、魔法名を言葉にするという行為が必要なのだが、優れた術者ならばそれを省略することが出来る。

 その分、世界へ働きかける力が弱くなるため、魔法の性能も落ちるのだが、見た感じ、劣化はしていないように見えた。

 魔法学園の層の厚さに感心するシャルハートであった。


「ちゃんとルールがあります。当然ながら相手に重傷を負わせうる危険な魔法は使用禁止。相手が参ったと言ったら即、止める。そして時間を区切るので、私が止めたらすぐ終わってください。あとは各々のモラルを信じます」


 ただのお遊びだな、とシャルハートは今までの話をそう総括する。

 平和な時代になったのは喜ばしい。二十年前ならば“ザーラレイド抹殺!”をテーマに色々と血眼で魔法技術の鍛錬に明け暮れていた人間と魔族を見ていただけに、この瞬間に言いようのない想いを馳せた。

 既に組を作りお遊び、もっと堅い言い方をするのならば模擬戦を始めていた。

 ミラがオロオロしていたので、一緒に組んで簡単ながら色々レクチャーしようかと考えていると、急に肩を掴まれた。


「グリルラーズ、僕と勝負しろ」


 ライル・エキサリスが好戦的に目を光らせながら、そう言った。

 彼の申し出に、まだ組を作っていない生徒たちは驚きの声をあげる。

 腐っても、王国兵を数多く出してきた武門の家であるエキサリス。その長男である彼の実力も相当なものだ。

 故に、ライルとシャルハートのファーストコンタクトを知らぬ者らは、シャルハートの不幸を哀れんだ。

 勝敗など見えている、そう言いたげな表情を皆、浮かべていた。

 対するシャルハートは笑顔でこう返した。


「良いですよ! 相手が誰であれ、シャルハート・グリルラーズは挑戦を受けます」


 誰かから戦いを挑まれる。

 それは実に二十年ぶりのことである。

 久々に湧き上がった感情であった。少しだけ感覚が当時に戻っていくのを感じる。


 そうなのだ、いつもザーラレイド自分はそうなのだ。常に、誰かからの挑戦を受け、そして打ち砕かんとするのだ。

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