第28話 ウルスラ先輩

 いつの間にか、壁から離れ、シャルハート達の前に立ちふさがる長い紫髪の女生徒。

 シャルハートがあからさまに“早く解放しろ”という表情を浮かべても、何も察してくれない。いや、この類は察して、なおどかないのだ。


「自己紹介させてくれませんか?」


 唐突。

 故に、シャルハートはすぐに「結構です」と返答した。隣のミラが驚いているが、これも自分たちの身を守るためなのだ、仕方のないことである。

 だが、心を鬼にしたシャルハートの言葉はあっさりとスルーされ、彼女の自己紹介タイムが始まってしまった。


「私はウルスラ・アドファリーゼです。君たちがしているのが赤のリボンだから、私は二つ上の先輩ですね。よろしくお願いします」


「よろしくです! じゃ、行こうかミラ」


「はい、スルーしやがらないでくださいねー」


「何なんですかもう!」


 横切って行こうとするシャルハートを身体でブロックしながら、ウルスラはそう声を上げた。

 ここまで来ると鬱陶しいが過ぎるので、早めに決着を付けなくてはと心のなかで計画を立て、シャルハートは腰を据えることにした。


「で、ウルスラ――」


「ウルスラ先輩です」


「ウルスラせ ん ぱ い、はどうして私たちの邪魔をするんですか? いつ次の授業が始まるか分からないので早く行きたいんですけど」


「そ、そうなんですウルスラ先輩……。運動場の場所も分からないので、早く行きたいんですが……」


 ミラの加勢もあり、一気に声が強くなったシャルハート達。

 だが、ウルスラは一切表情を変えず、人差し指を自らの後方へ向けた。


「運動場ならあそこの廊下を曲がって、そこから出られる場所を真っ直ぐ歩いたら最短で到着できますよ」


「そうなんですか、ありがとうございます」


「まあまあまあまあ」


 また横切ろうとしたシャルハートを、自分の身体でブロックするウルスラ。これで二度目である。


「だぁー! もう! 本当に何なんですか!? 私たちに何か用があるんですか!?」


「用はあります」


「だったら、即座に、手短に、簡潔に、お願いします!」


 シャルハートとしては遅刻なんて絶対にしたくなかったので、焦りに焦っていた。

 そんな事は全く気にした様子もないウルスラは笑顔を浮かべ、こう言った。



「お友達になれそうな人を探しているんですよね。ぜひとも私とお友達になってください」



「すいません。ミラがいればいいので。それでは」


「待ってくださいよ。私をお友達にしておくとお得ですよ? 期末試験の問題教えてあげられますよ?」


「結構です! もう本当に行きますよ! ミラ、行こ?」


「え、う、うん。それじゃウルスラ先輩、また今度……」


「ええ、また今度。どこかでお会いしましょう」


 引き止めるかと思えば、あっさりと引き下がったので、何だか妙な感じだったが、それはそれである。気が変わらない内に、シャルハートはミラを連れて、運動場へと向かっていった。

 ウルスラが手を振っていたのには気づいていたが、目を合わせたら負けだと思い、シャルハートはどんどん先へと進んでいく。

 その後ろ姿を見送りながら、ウルスラは手をぴたりと止めた。


「あらら。せっかくお友達が出来ると思いましたのに。中々ガードが堅い後輩共ですね」


 先程のやり取りの反省会をしているウルスラの背後に、人影が迫る。

 考え事をしている彼女は、その気配には気づかなかった。……自分の頭に拳骨が落とされるまでは。


「痛い! 何しやがるんですか!?」


「何しやがるんですか、はこっちの台詞だどアホ」


 無精髭を生やした眼鏡の男がウルスラを睨みつけていた。名はザード・ビティル。

 シャルハートたちの入学試験の時、監督となっていた者だ。

 ザードがウルスラの首根っこを掴み、引きずり始める。


「おら、もうそろ授業なのに何ここで油売ってんだお前は」


「私以外にもいますよね? そういう自由気ままな人」


「後、俺の授業に足りない奴が分かるか? お ま え だ けなんだよ。おら、さっさとやって、さっさと終わりたいんだから来いこのサボり魔が」


「嫌ですー! 真面目に授業なんか受けたくないですー! やですー!」


「お前何でクレゼリア学園にいんだよ!? ええい、うるせえ奴だな『睡眠スリープ』」


「『対抗魔法カウンターマジック』」


 ザードがウルスラを指差し、呪文を唱えると、指先から七色のシャボン玉が発生した。しかし、即座にそのシャボン玉は割れてしまった。

 その攻防にザードは、感心も考察も何もすることはなく、ただキレた。


「あぁーもう! 何でお前、俺の魔法をことごとくキャンセル出来るんだよ!? そもそもそんな精度の高い『対抗魔法カウンターマジック』なんざ教えたことないだろうが!」


「授業受けないようにするためですー! 私、授業受けないようにするために勉強しましたー!」


「二回言うな! ああ、分かった分かった。それなら今日の授業は変更だ。ちょっと本格的な戦闘訓練に変えてやる。泣いて俺の授業を聞きたくなるように、念入りにぶっ叩いてやるから覚悟しろ」


「誰か~! 助けてください~!」


 悲鳴とともに引きずられる女、ウルスラ・アドファリーゼ。

 シャルハートとミラはまだ彼女のことを知らないが、クレゼリア学園の上級生達は皆、彼女のことを知っていた。

 それが良いのか、悪いのか、その良し悪しを知ることになるのはまだ先のことである。

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