第26話 大事なイベント、自己紹介
「授業を始めます、とは言いましたが、自己紹介する時間を作るのを忘れていたので、先にそれをやってしまいます」
言いながら、男はチョークを手にし、自分の名前を書いていく。
その間、ひそひそと彼に対しての第一印象が語られていくが、“残念そう”“ギャップすごい”など、そのどれもが聞くに値しない単語だったので、シャルハートは一切無心で眺めていた。
ミラはミラで特に言葉を発しなかったが、首を傾げていた。
そんな彼女に、つい小声で聞いてしまった。
「ミラもあの人は大丈夫そうか心配?」
「心配……というか、何だかあの人、大丈夫そう? な気がして」
「? まあ、これから分かることだしね。実は緊張していたりして」
「……そうかもね!」
そんな事を話し合っている内に、男は自分の名前を書き上げていた。
「ということで自己紹介です。私はグラゼリオ・ベガファリアです。一年間、貴方達の担任を任されています。二年、三年と続くかどうかは分かりませんが、まずは、よろしくお願いします」
グラゼリオは微笑を浮かべ、そう締めくくる。
顔だけは良いので、女生徒からは再び熱の籠もった視線が送られる。
咳払いを一つした後、彼はそれぞれ順番に自己紹介をするよう指示をする。
(おお、これが学校生活なんだ……!)
先生の指示に従い、自己紹介をしていくこの光景を見て、シャルハートは内心感動していた。
特にこの、誰かから指示をされて何かをするという経験が全く無かった彼女はそれに喜びを感じていた。
身一つで全てと渡り合っていた前世時代では、こういう指示はだいたい人間界と魔界軍の人間が味方に向かって飛ばしていた所しか見ていなかったので、とても新鮮だ。
その間、シャルハートは一緒に勉強していくことになるクラスメート達の名前を記憶していた。
記憶力は良いほうなので、一度聞いただけで全てを覚えたシャルハート。
アリスとエルレイがいないことに少しだけ寂しさを感じていると、ミラの番になった。
「み、ミラ・アルカイトです! 趣味はお料理です! よろしくお願いしましゅ!」
噛んだ。盛大に。
だが、そこはミラ全肯定マシンであるシャルハート、即座に親指を立てる。切り替えていけ、とそういう気持ちを込めたものだ。
顔を真っ赤にしているミラはとても可愛らしく、これを見れただけでも今日一日が満たされる。
幸せに浸っていると、ライルが立ち上がる。
「ライル・エキサリスだ。誇り高きエキサリス家の長男で、悪いが皆とはステージが違う。まあ、それでも俺についてきたい奴はついてきな」
「翻訳すると、“お友達募集中! 皆、仲良くしてね!”だそうですよ?」
「うるさいぞグリルラーズ!!」
たっぷりの憎悪を込め、睨みつけてくるライル。
対するシャルハートはどこ吹く風とばかりに、ありもしない天井のシミを数えている。
ライルはからかいがいのある、非常に良い玩具だ。
これがシャルハートの固まりつつある彼への認識だ。
前世はこういう血気盛んな若者が良く命を狙いに来ていたので、そういう意味でも親近感たっぷりのシャルハートなのであった。
隣のミラがハラハラした表情でシャルハートとライルをみやっている。
どこまで行っても、善人の性格だなぁとシャルハートは益々惚れ直す。
トラブルはあったが、自己紹介はスムーズに進み、とうとうシャルハートの番になった。
「シャルハート・グリルラーズです。剣や魔法にはちょっぴりだけ自信があります。学校生活はずっと昔から夢見ていたものなので、楽しみたいと思います。よろしくお願いします!」
「昔から?」
「……母親のお腹の中にいた頃からです!」
クラスメートの一人から繰り出される素朴な質問に、つい口を滑らせた事を自覚した彼女はほんのり誤魔化した。
ようやく自己紹介も終わった所で、グラゼリオが指示棒を取り出した。
「自己紹介も終わった所で、早速授業に入りましょう。この学校では、戦いや魔法、そして一般常識やサバイバル技術など、一人で生きていける知識を授ける授業を行っています。ここを卒業した者は様々な道に進んでいます。皆さんも将来に向けて、考えていきましょう。さて、では早速――」
最初は魔法の授業です、そう前置き、グラゼリオは語りだす。
彼から語られる内容は魔法を極めたシャルハートと言えど、十分子供向けに要約されているなと感心していた。
クラスメート達も同じようなことを考えていた。
やはり、あの転倒と噛んだのは緊張から来るものだったのだろうということで結論が纏まりつつあった。
「――というように、己の精神力、そして世界に満ちる魔素といった大きく分けて二つの要素が身体の中で混じり合い、生まれるものが皆さんもよく知っている“魔力”となります。そして、その魔力を使って世界に働きかけ、共鳴を起こした時に生まれる未知の現象や物体、概念が“魔法”です」
貴族や平民といった生まれの違いはあれど、この辺りはまだ皆がそれなりに知っていることであった。
理解は出来ていそうだと皆の顔を見て、判断したグラぜリオは次のステップに移る。
「言うより実際に見るのが一番ですね。『
指先に火の玉が灯った。
簡単な部類である魔法だからこそ、術者の力量が良く分かる。
シャルハートの眼から見て、グラゼリオは中々丁寧な魔力の操作をしていた。流石は教師、といったところであろうか。
「早速、誰かにやってみてもらいましょう。……そこの貴方、シャルハートさん」
「私ですか?」
立ち上がり、念の為聞き返すと、グラゼリオはゆっくりと頷いた。
「ええ、先程自信があると言っていたので、皆の前でお手本を見せてください。もし可能ならワンポイントアドバイスでもしていただけると助かります」
早速、行使しようとするシャルハート。
その前に、念の為の確認をしてみる。
「……ちなみに、この教室内の魔法対策はどれくらいですか?」
シャルハートの魔法は少し力むと最悪の惨事を招くことが大いにあり得る。
入学試験の時のような事だけは絶対に避けなければならなかった。
「ちょっとやそっとでは壊れないと思います。……大丈夫ですよ。どれだけ威力を出しても私が対処してみせます」
「それならまあ……分かりました」
それならば太陽の炎でも出してみようかと思ったが、冗談抜きで大陸が滅びそうなので、思うだけに留めた彼女である。
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