第3章 学園生活開始

第25話 今日から授業!

 アルザとディノラスから無事、逃げ切れた後の話である。

 騒がしくなったことに気後れしたのか、ミラが少しばかり元気無さそうだったが、シャルハートの持ち前の楽観さですぐに立ち直り、再びお喋りに花を咲かせる事ができた。

 時間が経つのは早く、本当はガレハドとメラリーカにちゃんと紹介したかったのだが、ミラが家の手伝いのため、少し早めの帰宅をすることになった。

 また、近い内に家へ招くことを約束し、その日は終わった。

 そして、夜が明け、シャルハートにとってとうとうお待ちかねの瞬間がやってきた。


「今日から授業、か」


 クレゼリア学園の敷地へ足を踏み入れ、自分が過ごしていくこととなる教室を目指していく。

 その道中、ミラが隣にやってきた。


「シャルハートさん! おはよう! 昨日は楽しかったよ!」


「ミラ~!」


 こうやって誰かが隣にいてくれると言うだけで泣きそうになるシャルハート。

 だが、ここは泣く場面ではない。これからの学園生活への期待に胸膨らませる時間だ。

 正面玄関を抜けた先のホールの壁には、この学園の全体図が張り出されており、そこにはシャルハートの目的地までのルートも示されていた。


「さ、行こうか」


 つつがなく到着し、教室の扉を開いたシャルハート。

 その瞬間、そこにいた生徒たちの視線が彼女へ向けられる。

 そして、近くにいた生徒同士が顔を近づけ合い、何か話を始めていた。

 シャルハートの超越した聴力ならば会話を一言一句漏らさず拾い上げることも出来るが、聞かれたくない話もあるだろうと、あえて聞かないフリをする。

 そんな彼女は、ふいに顔を向けると、そこには知っている人物がいた。


「げっ……」


「えっと、アロエ・サキサリスさんでしたっけ?」


「ライル・エキサリスだ! 僕の名前をわざと間違えるなんてどういう了見だ!?」


 ミラに絡んでいたいつぞやの貴族、ライル・エキサリスがそれはそれは非常に怒った様相を浮かべていた。

 軽めのジャブもそこそこに、シャルハートはミラを見ながら、話を開始する。


「もしかして同じ教室だったりしますか? 前にも言ったはずですが、ミラにちょっかい出せばそれ相応の対応に出ますからね」


「だから! 僕はもうそこの平民に用はねーって言ったろうが!」


「くれぐれもよろしくお願いしますよ? ところで今更だけどエキサリス家って魔族の貴族なんですね。黒髪は魔族の特徴の一つですし」


「そうだよ。エキサリス家には純粋な魔族の血が流れている。元々、人間界にいた僕の先祖が色々活躍していたみたいだからね。だから、魔族の貴族と言えど、エキサリス家には確固たる足場があるんだ」


「へー……だから、エキサリスの名前は知らなかったんだ」


 少しばかり謎が解けたシャルハートである。

 前世では有名所の貴族の家しか押さえておらず、もともとエキサリス家というのを知らなかったというのもあるが、そういう特殊な事情ならば、魔界にいたはずの自分(ザーラレイド)がピンと来なかったのも頷ける。


「ん? 何か言ったか?」


「ううん。ところでそっちの荒い口調が元々のライルさんの喋り方なんですね。それ知った上でミラを詰めていた時の丁寧なアレを思い出すと面白くなってしまうんですけど……」


「うるさい! 平民に立場分からせるためだよ。って、おいそこの平民、何で笑ってる!?」


「ご、ごめんなさい。何だかシャルハートさんとのやり取りを見ていたらそこまで怖い人じゃないのかな……って思ってしまいました」


 ミラはミラで、たくましいなというのがシャルハートの本音である。

 拒否されれば普通ならば傷つく。そして、二度と原因となった者に近づこうとは思いづらいはずなのに。

 そして彼女の発言。

 ファーストコンタクトでその者の全てを決めつけないという彼女の心根が表れたような内容だった。


「はぁ……くそ、調子狂う。良いか、平民、それにグリルラーズ。くれぐれも僕の邪魔だけはしてくれるなよ」


 そう言い捨て、ライルはその場を離れていった。

 そこで始業を告げる鐘が鳴り響く。

 同時に、教室の扉が開かれた。


「授業を始めます」


 現れたのは、灰色のロングコートを纏った長い白髪の男であった。ペンタゴンフレームの眼鏡をかけており、理知的なイメージが醸し出されている。

 長身でスタイルが良く、また顔も整っているため、女生徒はすでにその視線が熱いものへと変わっていた。

 すぐには教室に入らず、教室内を一瞥する。

 生徒たちを見定めているのだろう、とシャルハートは受け取った。

 そして、視線を真正面に向け、男は教室内へと一歩踏み入れる。


「ぐぇ」


 ロングコートの裾を踏み、バランスを崩した男はそのまま床ヘ倒れ込んでしまった。

 突然の出来事だったため、受け身を取ることも出来ず、そして割と良い勢いで顔面強打。

 教室内に静寂が訪れる。

 ゆっくりと立ち上がった男は、そのまま割れた眼鏡を外し、懐から予備を取り出した。

 そのまま装着し、服の埃を軽く払い、男はその視線を皆へと向けた。


「授業を始めス! ……ます」


 思い切り噛んだ。男は真顔である。

 その時から、教室内は妙な緊張感で包まれていた。

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