第24話 両界の勇者

「お父様……!?」


「げっパパだ」


 アルザとディノラスに気づいた二人の顔色がどんどん悪くなっていく。

 エルレイに至ってはその場から逃げようと力を溜めているくらいだ。

 アルザへと近づいたアリスは頭を下げる。


「ごめんなさいお父様。エルレイを追った結果、私までつい熱くなってしまいました」


「そうだね。ここは人様のお家だ。分別はつけられるようになろうね」


 隙あり、とばかりにエルレイが走り出した。

 そのまま遠くへ走り去って行こうとした彼女の前には、既にディノラスが先回りをしている。


「お前は……何を逃げようとしているんだ?」


「だ、だっていつものようにお説教コースになるからじゃん!」


「アルザの言葉を借りよう。そろそろ分別をつけろ。馬鹿者め」


 それぞれの特徴が出るお叱りの後、アルザとディノラスはシャルハートの方へ向き直り、そのまま頭を下げた。


「君と、そこにいるお友達に迷惑をかけてしまったね。ガレハド卿にも先程謝罪したが、君にも謝罪させて欲しい。ごめんね、僕の娘が迷惑をかけてしまった」


「俺も詫びさせてもらう。エルレイが迷惑をかけた」


「二人から頭を下げられるなんて気味悪いから早く頭上げてくださいよ!」


 少なくとも今まで彼らから剣を向けられることはあっても、頭を下げられるということはなかったので、何だか違和感がすごい。

 正直に言えば、めちゃくちゃ気持ち悪いので、さっさと元に戻ってほしいのだ。

 言われるがまま、頭をあげた二人。

 その顔はどこか引っかかりを感じているようだった。

 二人は目を合わせた後、頷き合い、代表してアルザが口を開く。


「ねえ君、シャルハートさん、だよね? ガレハド卿から名前は聞いていたんだけど、合ってるかな?」


「はい、そうですが」


「君、どうして僕とディノラスのことを知っていたの?」


「……エート」


 アリスたちとのやり取りで忘れてくれていれば良かったのに。そう、心の中で舌打ちするシャルハート。

 どうやって言い逃れしようか、頭の中で考えてみるが、どんな風に誤魔化しても追求される未来が見える。

 特に、ディノラスだ。

 よしんば天然の気質があるアルザは誤魔化せたとしても、ディノラスは自分が納得するまで追求してくる。

 ふと、シャルハートの視界に友達であるミラの顔が映る。

 これだ、と彼女は必勝法を組み上げる。


「ぅぅ……」


「シャルハートさん!?」


 腕で顔を覆い隠し、近くにいたミラにもたれ掛かる。

 突然の出来事にミラは慌てたように、シャルハートの肩と腰へ手をかけた。

 目を閉じ、なるべくアルザとディノラスと視線を合わせないようにしてから、一言。


「ごめんねミラ……『魔力剣身マナ・ブレード』で魔力を少々使いすぎてしまったのか、ちょっと具合悪いかも……。悪いけど、私の部屋まで連れて行ってくれないかな……?」


「そ、そうなの!? 分かった! じゃあそのまま私に掴まってて! アルザ様、ディノラス様、すいませんが失礼します。アリスさん、エルレイさんもまた学校でお会いしましょう」


「あ、それなら僕が補助魔法の『魔力分与マナ・シェア』を使えるから、それで――」


「ああミラ! 私、何だか吐き気までしてきた! 早く部屋に連れて行って欲しいな!」


「ええ!? わ、わかった! もうちょっと辛抱しててね!」


 アルザの親切余計なお世話で危うく引き止められてしまいそうだったが、何とかゴリ押しすることに成功した。

 そのままシャルハートはアルザらを置き、ミラと共に歩き去る。


(ふふふ……私の勝ちだよアルザ、ディノラス!)


 ちらりと横目で見ると、まだ不思議そうな表情を浮かべるアルザと、少しばかり目を細めるディノラスがいた。

 これからはもう少し言動に気をつけよう、そう反省しながら、シャルハートは家の中へとゴールインする。

 そんなシャルハートとミラを最後まで見送ったアルザとディノラス。

 ぽつりと、アルザが言う。


「ねえ、どう思った? あの子」


「不思議な子だ。そして、驚愕している。まさかアリスとエルレイに土をつけるとはな」


「ねえアリス、それにエルレイ」


 アルザが二人の方へ顔を向ける。


「君たちが負けるなんて珍しいね。そんなにシャルハートさんは強かったのかい? それとも君たちがかなり手加減していたのかな?」


「ボクは本気で攻撃したよ」


「私も……最初は油断していましたが、後半はそれなりに」


 無言でディノラスと見つめ合った後、アルザは二人の頭に手を置いた。


「まあ、そういうこともある。君たちは確かに強いけども、最強ではない。だけど、限りなく最強に近づくために必要なのは日々の努力だ。これからも頑張っていこうね」


「はい! 人間界そして魔界の最強であるお父様とディノラス様に追いつけるよう、頑張っていきます」


 すると、ディノラスがその言葉に対し、首を横に振った。

 何の否定なのか、アリスが考えていると、アルザが彼の言葉を代弁する。


「違うんだよアリス。最強は僕たちの他にいるんだ」


「他に……もしかしてルルアンリ様ですか?」


「ルルアンリ先生もちょっと人間辞めてるけど、それでも“彼”には勝てないんだ」


「“彼”、とは?」


 懐かしさと、そして悲しさ。

 その人物の顔を思い出すアルザの感情が、アリスにはそう伝わった。

 ディノラスも同様の表情を浮かべている。

 やがてアルザははっきりと、そして大事に、その“彼”の名を告げた。



「ザーラレイド――“不道魔王”と呼ばれた魔族の男。強くて強くて、強すぎて。結局、最後の最後まで“真の意味”で彼に勝てたことはなかった」



 それが、アルザとディノラスの共通認識にして、大事な結論だった。

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