第23話 元“不道魔王”対勇者の娘たち

 アリスはシャルハートの言葉に耳を疑った。


「えっと……私たちが、シャルハートさんに?」


「大丈夫です。怪我はさせませんから」


「アリス、どーするの? ボクはシャルハートと戦ってみたいから戦うよ!」


 謎に乗り気なエルレイを制しながら、アリスはシャルハートを指差した。


「何を言っているんですか。シャルハートさんは丸腰ですよ? 対する私たちは剣を持っている。危ないです」


「大丈夫です。その辺の思い上がりとか全部砕いておきたいので」


 完全に前世のノリになっていることに気づいていないシャルハート。

 その突然とも言える変貌ぶりにアリスとエルレイは顔を見合わせる。


「あ、アリス……シャルハートってこういう子だっけ? というかこれ謝らなくても良いの? よくよく考えればボク達が悪いような……」


「人様の家で騒いだ時点で私たちが悪いに決まっているじゃない」


 だいぶ冷静になってきたアリスはエルレイの言葉を一言で切り捨てる。

 となれば、ここは謝るしかない。しかし、アリスは少しばかり興味があった。


 アリス自分とエルレイの事は知っているはず。


 それだというのに、その自信はどこから来るのか。

 ただの虚勢? それとも――。

 アリスはシャルハートにこう提案した。


「シャルハートさん。貴方、『魔力剣身マナ・ブレード』は使えますか? もし使えるなら、それで打ち合ってみませんか? もちろん、切れ味はゼロに等しくコントロールしてもらいますが」


「出来ますよ」


 言いながら、シャルハートは人差し指を一本立てた。すると、その指を覆うように魔力の刀身が伸びていく。

 それを見た、アリスは念の為、確認する。


「もしかして、ソレでやるつもりですか?」


「お二人相手なら、これくらいで不足は無いと思っています」


 流石のアリスもこれにはカチンと来た。

 少なくとも自らの実力には自信を持っているからこそ、アリスはそれを軽んじようとするシャルハートの言い方に腹が立つ。

 対するシャルハート、特に気負いもせず、ゆっくりと歩き出す。


「最初はエルレイさんで良いですかね?」


 名指しされたエルレイ。両手に『魔力剣身マナ・ブレード』によって形成された魔力剣を握りながら、応戦の構えを見せる。


「良いよ! ボクと勝負だ!」


「じゃ、行きますよ」


 エルレイ、頭の中で色々とシミュレーションをする。

 シャルハートがどんな手で斬りかかってくるのか、もしくは魔法でも使うのか、色々な可能性を考慮しながら、初撃に注目する。

 既にシャルハートはエルレイの目の前に立っていた。


「え?」


「はい、まず一殺です」


 額に強烈な痛みが走ったと感じた次の瞬間、エルレイは空を仰いでいた。

 デコピンで弾き飛ばされた、と気づいたのは割とすぐの時間である。


「この体じゃなかったら多分、いまので頭吹き飛ばしてたな……気をつけなきゃ」


「エルレイ……? 何を遊んでいるんですか?」


「……アリス」


 立ち上がるエルレイの顔つきが変わっていた。さっきまでニコニコ笑っていた彼女の顔は、戦う者のソレとなっている。

 それを見たアリス、驚愕する。

 何せ、その顔を見せるのは自分と本気で勝負した時ぐらいしかなかったのだから。

 エルレイはこう評価した。


「ボク、本気でやる」


「いいえ、次は私から仕掛ける番です」


 アリスは己の持てる脚力を駆使して、シャルハートへ一気に近づいた。

 速度を生かした戦闘はアリス・シグニスタの十八番。

 それでシャルハートに負けるわけにはいかなかった。

 間合いを読ませないよう、独特の足捌きで付かず離れずの距離を保ち続ける。


「シャルハートさん、少々甘く見ていたのは事実です。謝ります。なので、それ相応に戦わせていただきます」


 そして、一息でシャルハートの喉元まで詰め寄った。


「良い突進だと思う。けど、足りないな」


 まるで最初から分かっていたかのように、置かれていた指先を前に、アリスは止まってしまった。

 せめて一矢報いるため、アリスは剣を振ろうとしたが、それよりも前に、シャルハートは剣を持っている腕を掴んでいた。


「アリス!」


 空中でコマのように回転し、勢いをつけたエルレイが剣をシャルハートへ叩きつける。

 殺す気はないにしろ、かなり全力を込めた攻撃。

 これで少しでもこちらの優位に運べたら、そんな淡い思いはあっさりと打ち砕かれる。


「……やっぱり同じような結末になったか」


 エルレイが振り下ろした一撃は、シャルハートが突き出した人差し指の魔力剣の切っ先のみで止められていた。

 当然、かすり傷を与えるどころの騒ぎではない。


「なっ……! 嘘、ボクの得意技が……!」


「技のアリス、力のエルレイ、といったところかな。まあ攻撃魔法とか一切使わない戦闘だったので、ここらへんが限界、ですね」


 『魔力刀身マナ・ブレード』を解除したシャルハートはエルレイの腕を掴み、そのまま無造作にアリスの方へ投げ飛ばす。

 避けるわけにもいかないアリス、そのまま飛んでくるエルレイを受け止め、二人仲良く地面に転がった。

 地面に倒れる二人、見下ろすシャルハート。

 勝負は決まったと言って、良いだろう。


「身体は動かせましたね? これに懲りたら二度と人の家で暴れないでください。ついでにミラとの親交を深める邪魔もしないでください」


「私と、エルレイがこんなに呆気なく……?」


「シャルハート、君もしかして、ボクらより……いいや! 次は絶対に!!」


 二人はぶつぶつ言いながら、立ち上がり、さっきの戦闘の反省を開始したようだ。

 あーだこーだ意見を交わし、改善していこうとする様子は本当に、前世を思い出す。


「うんうん。あの頃を見ているようだ」



「あ! いた! お前達何を……って、アリス? あの子があんなに悔しがっているなんて珍しいな」


「エルレイもだいぶ闘気を高ぶらせていたな。相手はそこの銀髪の少女……ガレハド卿のご息女じゃないか」



 前方には懐かしい景色、後ろからも懐かしい声が聞こえてきたシャルハートは何だか前世に戻ったような気がして、非常に気分が良かった。


「人間界の勇者と魔界の勇者も最初は地面転がっていたよなぁ」


「あはは……これはまた随分手厳しい」


「何故、俺達の最初の頃を知っている?」


「ん? だってそりゃ――」


 ここで、シャルハート、言葉を止めた。

 止めなきゃ、ならなかった。

 何故、“後ろからも懐かしい声がするのか”。

 それについて、もっと早く、最速で、神速で気が付かなければならなかった。

 ゆっくりと後ろを振り向いた。

 真っ先に視界に入ったのは、金髪と、黒髪。

 そして、静かに顔へ視線を落とすと、シャルハートは全身に電撃が落ちたような感覚を覚えた。



(アルザ、ディノラス……)



 シャルハートの後ろに立っていたのは、かつて“不道魔王”ザーラレイドと真正面から戦いを挑み、そして勝利した両界の勇者、アルザとディノラスであった――。

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