第22話 銀髪のお嬢様、勇者の娘二人へ――

 シャルハートの最初の心配は何だったんだ、といったぐらいに、シャルハートとミラの会話は盛り上がっていた。

 上り坂の後の下り坂が楽なように、最初は何となく気まずかった二人の表情には柔らかさがあった。

 その中で色々な話をした。


 例えばこんな話である。


「へぇ、ミラのお父さんは大工で、お母さんは料理の先生をやってるんだ。すごいね! どっちも大変そうだ」


「うん! だから私、感謝してるんだ。お父さんとお母さんが必死に働いてくれているから、私は今こうして学校に行けるし、それにシャルハートさんともお友達になったんだもん」


 だから、とミラはティーカップを置き、居住まいを正した。


「シャルハートさん。あの時は本当にどうもありがとう。シャルハートさんがいなかったら私、多分あそこで帰っちゃったかもしれない……お父さんとお母さんを悲しませていたかもしれない。だから、ありがとう」


「ううん。私は貴族の“き”すら理解していない子供の前に立っただけ。だからミラは何も気にしなくていんだよ」


 ミラとこうして仲良くなることが出来た。

 その一点“だけ”に関してはライルの存在価値もあった。それ以外は当然、全て許さないし、次があるならシャルハートももう少しだけ本気で対応する予定である。


「うん、これからもよろしくねシャルハートさん」


「私にとってミラは、ロロ以外で初めて出来たお友達だから、こちらこそよろしくお願いしたいな、って!」


 初めて出来たお友達、そこに関して、少しだけミラは聞いてみたいことがあった。

 他の人には聞こえないよう、少しだけ声のトーンを落とす。


「やっぱりお貴族様たちの子供ってそう簡単に友達って作っちゃいけないものなの……?」


「うっ……!」


 そんなことはないはずだ。

 現に、シャルハートがまだ十二歳になる前の時は、何人もの貴族が子供を連れて、グリルラーズ家へ挨拶に来たものだが、その子供達は皆、底意地の悪さが透けて見えてしまい、こちらからお断りをしていた状態である。

 折角、前世のしがらみやら腹の探り合いなど気にしなくても良くなったというのに、今更そんな政治をしたくはないというのが大きな理由だ。

 それでいくと、やはりミラは一番である。

 何も裏表がなく、素直で善良な性格。これ以上を望めばバチが当たる、とそういうレベルである。

 そんな彼女から聞かれた、ある意味シャルハートにとってはクリティカルな質問。

 一瞬今までのボッチ経験が頭を過ぎり、吐きそうになったが、それでもこの友達を前に、表情を崩すわけにはいかなかった。


「……お父様が言っていたの。『真に信頼し合える友達を作りなさい』って。その言いつけを守ろうとしたら、いつの間にか周りから人が離れていただけなんだ」


「シャルハートさん……そうだったんだね……!」


 嘘である。

 全くの嘘っぱち。自分の心を守るための悲しい嘘。

 ありもしない背景を想い、涙ぐむミラを前に、シャルハートはまともに彼女の顔を見ることが出来なかった。


「そ、そろそろロロにパンケーキ出来たか聞いてくるね!」


 何だか急に胸が痛くなってきた彼女は、一度心を落ち着かせるため、席を立とうとした。

 その時である。



「じゃあ勝負だよアリス! いい加減、ボクの方が強いってことをハッキリさせなきゃね!」


「受けて立つわよエルレイ! 私の力、一度しっかりと見せる必要があるみたいね!」



 すっごく聞き覚えのある声が、中庭で、すっごく聞き覚えのあるやり取りをしていた。

 ミラもすぐにその声に気づいたようで、驚きを隠しきれていない様子である。


「えと、アリスさんとエルレイさん……だよね?」


「ウン、ソウダネ」


「もしかしてロロさんが言っていたお客様って……」


 沈黙が広がる。

 そして、シャルハートはゆっくりとした足取りで出入り口へと向かう。

 ドアノブを捻る直前、彼女はミラへと顔を向ける。


「イッショニクル?」


「シャルハートさんが良いなら、うん。……何か口調がおかしくない?」



 ◆ ◆ ◆



 アリスとエルレイは闘気を放出していた。

 なまじ、中庭が広いだけに、花に気を取られなければ闘技場のようだ。


「いつもいつもボクの事、お馬鹿だって馬鹿にしてー! 今日は許さないよ!」


「貴方が勝手にうろつくからでしょう! それを連れ戻しに来た、私の苦労も知りなさい!」


 シャルハートがミラを引き連れ、現場に辿り着くと、そこには既に剣を抜いたアリスとエルレイが立っていた。

 あんまりにもよく見慣れた光景。アルザとディノラスが重なって見える。


 “だからこそ”、シャルハートのブチ切れゲージは上昇していた。



「お二人共?」



 ミラへ後ろに下がるよう指示を出し、シャルハートは笑顔のまま、二人の近くまで歩いていく。


「あらシャルハートさん」


「シャルハート! 何か笑顔のはずなのにすっごく怖いよ!?」


 それでもなお、剣を収めない二人。

 シャルハートの顔は少しずつうつむいた。


「折角、ミラと楽しく遊んでいたのに……! 私がどれほど今日のこの瞬間を楽しみにしていたのか……! それを二十年前からのじゃれ合いに、妨害されるなんて……!」


 肩が激しい怒りに震えていた。

 アリスも、そしてエルレイも、シャルハートの怒りには気づいていたが、これから何を言われるのか予想出来ずに、ただ立ち尽くす。

 そして、とうとうシャルハートは二人を指差した。



「そこまで身体動かしたいなら私が相手になりますよ! アリス・シグニスタさん、エルレイ・ドーンガルドさん。来てください! ――――教育してやりましょう!」



 ザーラレイド時代の口癖が無意識に出てしまうぐらいには、シャルハートの我慢の限界は超えていた。

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