第19話 口は災いの元

「お時間は取らせませんよ?」


 見る者全てを尊敬の眼差しにさせる高貴なる人物、ルルアンリ・イーシリアはそう言い、シャルハートの肩に手を置いた。

 彼女に憧れを持つ者はそれだけで失神するかもしれない。それだけ光栄なことである。

 なのだが、それはあくまで彼女に憧れを抱いている者であり、そして彼女の事を本当の意味で知らない者だけが持てる幸せな感情で。


「すいません! お友達を待たせているので! では!」


 速攻!

 シャルハートは悟らないほどの速さで、『肉体強化ストレングス』を発動。一時的に向上した脚力はそのままこの場を去る力と為す。

 彼女のスペックならば、身体能力を強化する魔法を発動しなくても逃げおおせたと思うが、念には念を入れての措置である。

 すまない、と心の中で謝りながらシャルハートはさっさと自宅へ避難することにした。


「すぐに終わるから、心 配 し な い で ?」


 ぴったりとくっついてきたルルアンリがだんだん怪しくなってきた笑顔を向けてくる。

 心なしか肩を掴む握力が強くなっている気がした。

 シャルハートは理解していた。


(ルルアンリこいつ……! たかが一女生徒を追いかけるのに『肉体強化ストレングス』使ったー!?)


 どうして『肉体強化ストレングス』を発動したシャルハートに追いつけたのか。

 理由はシンプル。

 彼女も同じ魔法を、ほぼ同じタイミングで使用したからである。

 最初から逃がす気はないのだな、とシャルハートは嫌でも理解せざるを得ない。

 そうでなければ、あれだけ速く魔法を発動できるわけがないのだ。

 こと、ルルアンリの魔法行使の速度を熟知しているシャルハートだからこそ、なおこの予想に説得力を持たせられる。


「あはは……今日入学した子を追いかけるには、些か大人げなく無いですかね?」


「へぇ? 今年の入学生は優秀ね。私が『肉体強化ストレングス』を使った君に追いつけた理由が分かったのかしら?」


 しまった、とシャルハートは冷や汗をかき始める。

 彼女はその造形の良い顔を崩し、ニヤニヤとし始めた。

 さっきまで喝采浴びていた奴がする表情じゃないよ! と抗議の声をあげたかったが、それを言ってしまえば、色々と終わるのは目に見えていた。

 そんなシャルハートの困惑をよそに、ルルアンリは話を続ける。


「聞きたいことがあったの。どうして君は、私が挨拶をした時に吹き出したのか」


「私が? ルルアンリ、様に? とんでもないことですよそれ……グリルラーズ家の名に懸けて、そんな事は無いと断言します」


 グリルラーズ家の名前の大安売りである。

 常識的に考えれば、ここまで言い切り、そして“あまりに突然の出来事に驚き、涙目になる”シャルハートを前に、コレ以上の追求はまず出来ない。


 だが、ルルアンリは一瞬たりとも怯むことなく、こう言った。


「はい嘘。そこで大層な事を言って相手を煙に巻こうとするわ、私が上っ面のこと喋っている時に吹き出すわ、つくづく君は似ているわね、“あの男”にさ」


 “あの男”。

 だいたい予想はついているが、まだギリギリ違う可能性にかけ、シャルハートはその誰かさんの名前を聞いてみた。



「君も知っているでしょ? “不道魔王”ザーラレイドよ」



 はい、大正解。

 本当に今すぐ逃げ出したかった。あと、記憶も消してやりたかった。

 だが、それは出来ない。

 ルルアンリの無駄に高い魔法抵抗力は、あのザーラレイドの魔法ですら僅かながら効果を減衰させるほどである。

 この身体シャルハートの使い方を限界まで極めれば何の心配もないが、この時点で、それは悪手とも言える。

 万が一、記憶操作魔法を抵抗レジストされてしまえば、詰む。


「え、と……お父様から少々……」


 あ、まずいとシャルハートの本能が警鐘を鳴らす。

 このボルテージの上がり方、そして“口調も昔に戻ってきている”。

 ここから話し出す話題は何となく予想できていた。


「そう、あのザーラレイドよ! この私が何千回攻撃魔法を撃ち込んでも死なないムカつく男」


「へ、へぇ……そうなんです、か?」


 よく存じ上げている。

 その何千回はどれも人の身で行使するには難易度が高い攻撃魔法ばかり、あらゆる魔法を極めたザーラレイドとはいえ、その攻撃魔法の量と質は流石に称賛を送るほどであった。


「私があの男を殺すためにどれだけ攻撃魔法の技術レベルを進化させたか……!」


 それもよく存じ上げている。

 自分一人ではあいつを倒せないと踏んだルルアンリが行ったことは攻撃魔法の技術革新である。

 元来、発動するためのキーワードともいえる“詠唱”が必要だった攻撃魔法を誰もがワンタイムで行使出来るよう改良を加え、そして広めていった。

 当然、しかるべき手順を踏んで発動する魔法の効果は絶大だが、戦闘にそんなのんびりと唱えている時間はないとよく知っているルルアンリだからこそ、魔法発動の簡便化に成功したのだ。

 だが、そんな偉業を成し遂げてもなお、ザーラレイドは高き壁であった。


「ざ、ザーラレイドもきっとルルアンリ様のことは恐れをなしていたでしょうね。きっと、うん、そのはず」


「ありがとうシャルハートさん。でもね、私と初めて戦った時、“雑兵に用はない”と言われたことを思い出すと今でもむかっ腹が……」


「それルルアンリ様に言ったわけじゃないですよ!?」


「え、なんで君、分かるの?」


 即座にシャルハートは誤魔化した。

 だが、本当にそうなのだ。もちろん初対面だったルルアンリの潜在能力の高さは見抜いていた。

 先程の“雑兵”発言、それはルルアンリに言ったわけではなく、後ろにいた人間軍に対して言ったものなのだ。

 シャルハートはようやく得心いった。

 何故、ザーラレイド時代にアルザとディノラスがいない戦場で必ず一番槍で戦いに来ていたのかが。

 あまりにもしつこかったので、二度と会いたくない人物ナンバーワンだったルルアンリの謎が、二十年越しに解決されてしまった。


「ふぅ……ごめんなさいね。そういうわけだから、何となくザーラレイドに似ている君と話してみたくなっただけなのよ。驚かせちゃってごめんなさい」


「いえいえ……それじゃ私は本当にこれで」


「ええ。あ、そうそう」


 そう言うと、ルルアンリはシャルハートの耳元に口を寄せる。


「私がこういうテンションだったことは、誰にも言ってはいけませんよ? 何せ私、結構生徒や先生から尊敬されている身なので」


「それその生徒に言いますか?」


「……不思議なのよね。ザーラレイドに似ている君に対しては、何か取り繕うと逆に虫唾が走ると言うか……」


 ますますシャルハートは、自分が元ザーラレイドだということを知られるわけにはいかなくなった。

 まかり間違ってルルアンリにバレるようなことがあれば、恐らくこの学園が崩壊するまで戦いを仕掛けられることになるだろうから。

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