第20話 突撃、友達の家

「ミラ~」


「シャルハートさん! わざわざありがとう!」


 ミラとシャルハートはハグをし、喜びを分かち合う。


(いやぁやっぱり魔法を極めておいてよかったと思うね)


 ここまでの間の事を思い出し、シャルハートは前世での苦労が報われた事への喜びに浸る。



 ◆ ◆ ◆



「まっずい! まっずいよ! 転生してもなお、私を困らせるかルルアンリ!」


 ルルアンリの楽しい“お話”が終わった後、シャルハートはすぐに帰宅し、身支度を整えた。

 本来は馬車でゆったり向かおうと計画していたのだが、ルルアンリに捕まり、約束の時間までかなりギリギリの状態であった。

 『位置追跡トラッキング』の場所とグリルラーズ邸の距離を考えたら、馬車を飛ばして間に合うかどうか。

 背に腹は代えられない、とシャルハートはこういう時のための魔法を使うことにした。

 お出かけ用のコートを羽織り、私室でシャルハートは手を前方に翳す。


「『空間跳躍リープ』。目標は……決めた」


 前方に真っ暗な楕円形の空間が現れた。

 目を凝らしてもその先が見えない。完全な闇。

 何も恐れず、シャルハートはその空間へと飛び込んだ。

 暗闇を歩いたのは一瞬、すぐに光が見え、シャルハートの目の前には小さな家が現れた。


「ここがミラの家か」


 二階建ての一軒家であった。

 外壁はクリーム色、屋根は茶色。暖かな色合いが目に優しい。

 素直な彼女にぴったりな素敵な家だな、というのが感想だった。


「あれ!? シャルハートさん!? いつの間に!?」


 二階の窓が勢いよく開き、ミラが唖然としていた。

 そして、迎えに来たことに気づき、「待っててね!」と言い残した後、外からでも聞こえるくらいバッタンバッタンと準備音がし始めた。


「あら? 素敵なお嬢さんね」


 玄関の扉が開き、そこにはミラをそのまま大人にしたような女性が現れた。

 すぐに母親だな、と気づいたシャルハートは貴族のお嬢様らしく、爽やかかつ上品な挨拶をすることにした。


「お初にお目にかかります。私はシャルハート・グリルラーズと申します。お友達のミラさんを私の家に招待するため、お迎えにあがりました」


「メリッサ・アルカイトです。それにしてもグリルラーズ……ってもしかしてグリルラーズ侯爵様の所の!? う、うちのミラがそんなすごい所のお嬢さんと友達に……?」


 ミラから聞いていなかったのか、ミラ母は目を丸くしていた。

 いきなりそんなことを言われたら、そんな反応にはなるだろうな、とシャルハートは特に気にしなかった。


「はい、大事なお友達です。すごい所とかそういうのは関係ありません」


「……そっか。シャルハートちゃんだっけ? 貴方、いい子なのね」


「はい、いい子です」


「あははは! お嬢様かと思っていたら貴方、結構“言える”子ね?」


 そう言ってミラ母は豪快に笑ってみせる。

 おおらかな性格なのだろう。この手の人間に関してはとても好感が持てるザーラレイド、もといシャルハート。

 ミラもそうだが、前世はこんな“優しい”笑顔を見せてくれる人間は全くと言っていいほどいなかった。

 唯一見られる笑顔と言えば、笑顔で“殺しに”来るルルアンリや笑顔で“腕試しに”来るごく一部の戦闘狂ぐらいだった。

 そのせいで、一時期“笑顔アレルギー”になってしまったのは良くも悪くも思い出の一つとして、シャルハートの胸の中に刻まれている。


「シャルハートさ~ん!」


「ミラ~」


 両手を広げ、シャルハートはおしゃれをして飛び出してきたミラを出迎える。

 そうして冒頭のハグをかわし、至福のひとときを堪能するシャルハートだったのだ。


「へぇミラ、あんたに友達が出来るかどうか心配だったけど、こんないい子が友達になったんだね。良かった良かった」


「もう! お母さん! シャルハートさんの前でそういう話止めてよ!」


「あっはっはっは! ごめんごめん! シャルハートちゃんの家に遊びに行くんでしょ? 行儀よくしなさいよ? シャルハートちゃん、うちのミラをよろしくね」


「はい! もちろんですメリッサさん! 全力でおもてなしします!」


 そう言い、シャルハートは再び前方に手を翳し、『空間跳躍リープ』を発動させる。


「よし、じゃあ行こっかミラ」


「う、うん? これに入ればいいの?」


「そういう事」


 ミラの右手を握り、シャルハートは先頭になり、楕円形の空間へ入っていく。

 基本的に、まっすぐ進めば問題ないのだが、時々右や左に行ってしまい、変な所に出る可能性があるこの魔法。

 慣れている者ならば心配ないがミラは今回初体験。保険のため、しっかりと手を引いてやった。

 一瞬の暗闇、そしてすぐに光が差し込んでくる。


「さ、着いたよミラ。ミラ?」


「えと、もう良い?」


「うん。もう目を閉じなくても良いよ」


 シャルハートに促され、目を開いたミラ。

 そこにはミラの脳内をパンクさせんばかりの視覚情報に溢れていた。

 屋敷を囲む壁、そして高そうな扉、警備をする衛兵、手入れが行き届いた庭、“ザ・貴族の屋敷”と言わんばかりの、ミラが一般的な貴族の家として想像していた通りの光景が、彼女の眼全てに広がっている。


「うわぁ! すごい! でっかい! 綺麗な家だね! シャルハートさんすごい! いい家!」


「ここまで素直にテンション上げられるとこっちも嬉しくなるや」


 シャルハートが衛兵らに顔を向けると、彼らもしっかりミラの声が聞こえていたのか微笑んでいた。

 さて、ここまでは良かった。

 ここからである。


 シャルハートにとっては。


(さぁ、あらゆる魔法を極め、森羅万象さえ操ることが出来た私でもやったことがない――“お友達を家に招く”を始めようか)


 深呼吸を一つし、両頬を軽く叩き、気合を入れる。

 気づけば心拍数が上がっているシャルハートであった。

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