第18話 その登場、まさしくホラー
注目の中、ルルアンリは自分の口元に円形の光る膜を発生させる。
『
「皆さん、こんにちは。私はこのクレゼリア学園の学園長を務めるルルアンリ・イーシリアです」
白けた顔をするシャルハートには誰も気づかないまま、ルルアンリの挨拶がスタートする。
彼女は実に穏やかに、この学園の成り立ち、そして目的などを話しだす。
本当ならばこういった知識は仕入れてなんぼのものなので、しっかりと聞くのがシャルハートの流儀であるのだが、話している人間のせいでまるで頭に入らない。
そんなシャルハートの横では、ミラが目をキラキラさせながら必死に話に耳を傾けているのが見えた。
「うわぁ……ルルアンリ様、美しいなぁ……。これでアルザ様やディノラス様に戦いを教えていたこともあるっていうからすごいよなぁ……かっこいいなぁ……私もああなりたいなぁ……」
まるでおとぎ話の王子様にでも会ったかのように、夢見心地のミラへ“本当のルルアンリ”のことは流石に言えなかったシャルハートはただ黙ることにした。
知っているのと知らないのとでは違うんだな、とシャルハートは改めて二十年の差を思い知らされる。
ルルアンリの話題が変わる。
「ご存知の方もいるかもしれませんが、私はその昔、人間界の勇者アルザ、そして魔界の勇者ディノラスを弟子にしていたことがありました」
その話に触れるのか、と入学生らは期待に胸膨らませる。
その話に触れるのか、とシャルハートは顔をひきつらせる。
「彼らは私の厳しくも、だが意味を込めた教えを乗り越え、あの“不道魔王”を討ち果たしました。だからこそ私は皆様にお約束します。この学園にいる先生方は私自らが見定めた人材です。皆様が明るい未来へ歩いていけるよう、全力でサポートをいたします!」
「ぶっ……!」
シャルハートは思わず吹き出してしまった。
だが、それは少数派……というよりたった一人の感想であり、その他全員は歓喜に打ち震えていた。歓声が上がり、拍手が沸き起こる。
噂に違わぬ素晴らしい学園長だ、と口々にそう漏らすのが聞こえる。
それを全て聞いた上で、シャルハートはあえてこう言おう。
「すごいね! シャルハートさん! やっぱりルルアンリ様ってすごいよねぇ!」
「うん、すごいよね! …………良くもまあ、あそこまで明るくデタラメ喋れるなって思うよ」
「え、何か言った? ちょっと周りがうるさくて聞こえなかったんだけど……」
「何も言ってないよ? ただ、ルルアンリ……さまはすごいなって」
「うんうん! そうだよね! 一瞬、シャルハートさんが笑ったように思えたけど気のせいだったよね!」
ルルアンリに“様”をつけることにものすごい不快感を感じてしまう。何故だろう、とシャルハートは前世の記憶を遡ってみた。
心当たりが多すぎた。
「ん?」
シャルハートは一瞬、ルルアンリと目が合ったように思えた。
確かに一瞬だけ立ってしまったが、それだけである。別に椅子の座り心地が悪くて一回立ったという線で言い張る事もできるので、そこについては特段気にしてはいなかった。
しかし、何故だろうと彼女は思う。
何故、自分は前世のときに感じた悪寒が走っているのだろうと考えてしまう。
考えていると、ルルアンリの挨拶が終わったようで、彼女が舞台袖に消えていった。
「ふぅ……笑いをこらえるのが大変だった」
「え、面白いところあったっけ?」
「筋骨隆々で拳に血がべったり付いているゴリラが『自分、人殺し苦手っす』って真顔で言っているのを想像してみて。そこが面白かったかなって」
「えと……ええ?」
ミラに話を聞くと、今日の所は終わりらしい。
明日から本格的に授業やら何やらが始まるとのことだった。
午後からは特に予定がないシャルハートは、かねてより計画していたとあるお誘いをミラへすることにした。
「あの、さミラ。今日って午後から予定ある?」
「うん? 特に無いかな? お家で趣味のお料理でも作ろうかなってくらいかな?」
「だ、だったら……さ。私の家に遊びに来ない?」
「え!? 私がシャルハートさんのお家に!?」
「だ! 駄目かな!? もし何か用事が出来そうならまた次の機会にでも――」
ミラはシャルハートの手を握っていた。
「行ってみたい! 私、シャルハートさんのお家に行ってみたいな!」
「いいの!? 本当に!?」
「うん! あ、でも私シャルハートさんのお家分からない……」
「それなら私が迎えに行くから心配しないで。『
シャルハートがミラの左肩に手を翳すと、小さな魔法陣が現れ、すぐに肌に溶けるように消えていった。
自分の魔力の欠片を一時的に相手へ固着させ、その魔力痕跡を追うという簡単な追跡魔法の一つである。
超簡単な魔法故に、
だが、それはあくまで一般の話であり、シャルハートの魔法は彼女の意志が働かない限り、ほぼほぼ解除不可能だということは二十年前、彼女と戦った者しか知らない。
「それじゃシャルハートさん! また後で!」
去っていくミラを見送ったシャルハートは、自分も準備をしようと家へと向かい、歩き出そうとする。
そんな彼女の背中に一人の女性が立っていた。
「ねぇ君、ちょっと私とお話しませんか?」
全身が硬直した。
その“声”だけはシャルハートの記憶から追い出したい物の一つである。
ギギギと油が切れた人形のようなぎこちなさで彼女が振り向くと、そこには長めの灰髪の女性が居た。
「もしかして私にお話しているのでしょうか?」
「君が一人になったタイミングで話しかけましたよ?」
そう言って、彼女――ルルアンリ・イーシリアはとてもいい笑顔をシャルハートへ向けた。
それはシャルハートにとって、悪魔の微笑みであった。
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