第7話 格の違い
側で見ていたロロはとてもハラハラしていた。
何せ、遠目で見ていた主がいきなり歩き出したと思ったら、いつの間にかあの三人組と栗毛の少女の間に割って入っていったのだから。
従者としては、即、止めるべきだ。
そのままでグリルラーズ家の娘という事が分かれば、一体どんな評判になるか分からない。
ましてや、まだ入学すらしていないのに。
このままでは、この先の学園生活が危ぶまれる――。
「シャルハート様、思うがままにやっちゃってください」
――“その程度”の事を心配していては、グリルラーズ家の、ましてやシャルハートの従者など務まらない。
ロロはむしろ嬉しかった。
正しいことは正しく、悪いことは悪いと言える人間にちゃんと育っていたことが。
まかり間違ってそんな主の晴れ姿に水を差そうものなら、恐らく自分は自害を選ぶ。
ロロという従者にとって、シャルハートはそれほどの存在なのだ。
そんな忠義に満ちた従者は一時も見逃すものかと、目を凝らす。
「栗毛の素敵な貴方、名前は?」
シャルハートは身体ごとミラの方へ向いた。すると、右肩に掛かっている綺麗な栗色の三編みが目に入った。
綺麗だな、と思いながら彼女が名前を聞くと、ミラは強張った。
既に、貴族という存在に対し、ある程度の恐怖と嫌悪が刻まれた彼女にとって、口を開くことは相当に勇気が必要だった。
「え、えと……」
「私は貴方の名前が知りたいな」
「み、ミラです。ミラ・アルカイト、です」
だが、シャルハートに手を取られ、その手の暖かさによって、ミラは思った以上にすぐ名乗ることが出来た。
恐怖心が和らいでいくような、そんな不思議な感覚だった。
対するシャルハートは“ミラ、ミラ、ミラ”と目を閉じ、噛みしめるように呟いている。
やがて、満足したシャルハートは大きく頷いた。
「うん。それじゃ今から私とミラはお友達ね!」
「……へぇ!?」
よろしくね、と礼を言うと、彼女は再びライルへ顔を向ける。
「それで、私の お 友 達 がこの学園に来てはいけない理由を端的に説明してもらえないでしょうか?」
「なっ!?」
ライル、思わぬ展開につい反撃しそびれた。
その隙を突き、シャルハート畳み掛ける。
「私のお友達がこの学園に相応しくないということは、ミラをお友達にしている私もそうだ、と言っているような気がしてならないんですけど、その辺はどう思います?」
「ら、ライルさん。そろそろ止めておいた方が……皆、見てます」
取り巻きの一人がライルへそう耳打ちをする。
そこで彼は冷静になり、周りを見ると、大量の野次馬に囲まれていたことに気づく。
ここで騒ぎを起こしてこの後の入学試験への影響を考えると、この辺りが潮時だろう。
「……ふん、くだらない。恥をかいてもいいなら行けば、いいさ」
そして、三人組は道を開ける。
それを見たシャルハートは見る者を虜にするような笑顔を浮かべて、礼を言った。
「さ、行きましょうか」
「え、えええと、その、良いんですか?」
「うん、良いんじゃないかな? 折角、自分から道を開けてくれているのだし」
ミラの手を握り、ロロへ帰っても良いよと指示を出し、シャルハートはようやく目的地であるクレゼリア学園への門戸を叩くことになるのだ。
――次の瞬間、シャルハートは指先を背後へ向ける!
「ぐっ……!? なんだ!? いま、痺れた……!?」
ライルが声を上げたのを確認すると、シャルハートはゆっくりと身体を向ける。
指差していた先を“ライルの左手”から“自分のつま先辺り”へ静かに変えながら、彼女はこう言う。
「私を転ばせようと『
「な、何で分かった――はっ!」
咄嗟に口を手で覆うが、ここまであからさまに言ってしまえば、もうその事実を認めたと同義である。
うまく誤魔化せば良いのにと思いながら、シャルハートは分かった理由を述べてやることにした。
「魔法を放つ時って独特の魔力の波があるんですよね。それと、込められた魔力の量や力を計算に入れれば、だいたいの魔法は分かるはずなんですが、分からないですか?」
「何を……言っているんだ、君は?」
「要は、そのクセが分かれば発動前に打ち消すことは簡単だよってお話です。今、私が微弱な魔力を放って、魔法行使を邪魔したように」
「今の痺れはお前が……!」
「常に考えましょう。生きているうちだけですよ、頭を使えるのは」
今度こそシャルハートはミラの手を引き、クレゼリア学園の正門へと向かっていった。
一部始終を見ていた野次馬、盛り上がる。
貴族でも嫌味な部類に入っているエキサリス家の長男が赤っ恥をかいたことに鬱憤を晴らす者、シャルハートの気丈な振る舞いに胸打たれる者、魔法について知見を広めた者、実に様々である。
そんな民草の中に一人、ただ黙して全てを見ていた金髪の少女がいた。
貴族がどうとか、そういった物は一切興味がなく、少女の瞳に映っていたのはシャルハートの一挙手一投足のみ。
「“あの子”以外に誰もライバルになりそうな子がいないと思ったら、中々どうして。とても良さそうな子がいるじゃない」
金髪の少女はこの先の未来を思い浮かべながら、それはとてもとても楽しそうに口角を吊り上げた。
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