第2章 入学試験

第6話 人間の値打ちは

 栗毛の女の子――ミラ・アルカイトは困り果てていた。

 何に? 今、クレゼリア学園までの道を塞ぐこの三人組に、である。


「と、通してください……」


「お前、見たところ平民だろ? どうしてお前みたいなのがこのクレゼリア学園に来られるか理解に苦しむよ」


 通せんぼしていた三人組のリーダー的存在である黒髪の少年――ライル・エキサリスは、見るからに貧相な出で立ちをしている栗毛の女に苛立ちを覚えていた。

 かの勇者アルザが輩出されたこの名誉ある学園にこのようなみすぼらしい平民の女が来ているのか、本気で理解に苦しんでいた。

 制服を着ていない所を見ると、おそらく自分と同じ入学志望者。

 つまり、この後のライバルと言えよう。

 だったら、恥をかく前に家へ帰してあげるのが、貴族たる自分の役目。

 まさにノブレス・オブリージュ。

 ライルの心中は欲と、後ろにいる取り巻き二人に対する見栄に満たされていた。


「確かに、私は平民の生まれです。だけど……この学園は確か、生まれた家は一切問わないはずじゃ……」


「口答えをするな!」


「ひっ!」


「この僕、ライル・エキサリスはあの王国兵を数多く出してきた武門の家、エキサリス家の長男だぞ。お前のような平民が軽々しく口を利いていい身分じゃないんだ!」


 完全にミラは萎縮しきっていた。

 何でこんなことに、と記憶を巻き戻してみても、全く心当たりがない。

 それを問うと、ライルは鼻で笑った。


「何でって。そりゃあ、たまたま僕の視界の端に映り込んだからに決まっているだろう」


「そ……それだけ?」


「エキサリス家の長男の視界を汚したんだ。無礼討ちにされなかっただけ、僕にお礼を言うべきなんじゃないのかな?」


「そんな……!」


 このままでは本当に入学試験を受けられなくなってしまう。

 だが、強行突破しようと、少しでも不穏な動きをすると、それこそ無礼討ちコース待ったなし。

 八方塞がり、という言葉がミラの脳裏に浮かんだ。

 考えはどんどん悪い方へ悪い方へと傾いていき、そして最終的には“帰宅”の二文字が浮かんでくるようになってきた。

 そんなの、絶対に嫌なのに。

 困りきったミラへ追い打ちをかけるように、ライルは言い放つ。


「ここの学費が払えなくなる前にさっさと帰れよ。ここはお前みたいなのが居ていい場所じゃないんだ。身を弁えろよ、へ い み ん く ん ?」


 自分が気づかぬ内に、ミラの頬には涙が流れていた。一筋、二筋、やがてまとまった数に。

 何も悪くない、はずだ。

 自分のために、両親が身を粉にして働き、そしてここに入れてくれた。 他の学校と比べて、学費も安いとはいえ、贅沢する余裕もない家なのだ。

 それが嬉しくて、絶対に親孝行したくて、その一心でミラはここにやってきたのだ。

 それが何も出来ないままで、何故引き返さなければならないのか。


 周りを見る。誰も、関わり合いになりたくないのか、こちらに一切目を向けようとしない。


 一人ぼっち。そして、生まれの壁。

 そのどれもが、今のミラを追い詰める。

 言葉が、出そうになった。前向きな言葉ではない。

 「帰ります」、この言葉が。

 口を開く、そして、喉元まで出そうになった声を紡ぐ――。



「確かに居なくても良いよ。特に、お前みたいな奴はね」



 声がした。

 後ろを振り返ると、そこには銀髪の、実に美しい少女が立っていた。後ろにはメイドを引き連れている。

 その場に居たライルたち、ミラ、そして野次馬をしていた者たちが呆気に取られる中、銀髪の少女は実に優雅に歩いてくる。


「貴方に言っているのだけど、聞こえていたかしら? 黒髪が素敵な貴方」


 つい、と細くて長い指が指し示すのはライルであった。

 その物言いに、彼は信じられないと言った様子である。


「えっと……君は? 今はこの平民と喋っていたのだが、邪魔をしないでくれるかな?」


「人を虐げている者から目をそらせるほど、私は器用じゃないんでね。男三人が女の子一人を囲んで、虐げている。……話は聞いていたが、これがお前の言う貴族の姿なんだな?」


 シャルハートの口調は既に“前世”のものになっていた。

 彼女の悪い癖の一つである。感情が高ぶると、ついつい前世の口調に戻ってしまうのだ。


「僕は真実を話しているまでだよ。平民がこの由緒正しきクレゼリア学園に居ていい訳がない。僕のような力ある者たちこそ、この学園に相応しいんだ」


 銀髪の少女、笑う。

 それはとてもおかしい道化の演技でも見たかのように。ただただ純粋に、笑う。


「何がおかしい!?」


「これがおかしく無いわけがない」


 そう言って、少女――シャルハートは再び笑みを浮かべる。

 だが、今度は多少の冷たさが入り混じり。


「貴族、平民、生まれの違い。そんなもので人間の価値は計れない」


 そしてシャルハートはミラを見る。


「人間の値打ちを計れるのは、そんな大したことのない物ではない。自分の心の有り様にこそ、人間の値打ちがあるんだ」


「それはもしかして君……貴族を批判しているのかい?」


「お前みたいな心の貧しい貴族しかいないのならば滅びてしまえばいい、と思うくらいには」


 周囲、ざわめく。

 冗談でも、言って良いこと悪いことがある。

 シャルハートの言葉は、野次馬の興味を引くには十二分過ぎた。


「見た所、そういう君も貴族の子供なんじゃないのか!? もしそうなら名乗れよ! 名乗れるものなら! 君の家の評判が落ちるだけだと思うがな!」


「――私はシャルハート」


 臆せず、ただ、自分の心のままに、彼女は名乗りを上げる。



「シャルハート・グリルラーズ。ガレハド・グリルラーズの娘です」



 グリルラーズ。その名前が出た瞬間、野次馬が一歩後ろに下がった。

 何せ、その名は貴族の間でも最も注意をしなければならないものなのだから。


「評判が落ちる? 『その程度』で私の言葉は引っ込まないぞ」


 後ろで見ていたミラは、今起こっていることに対し、脳の処理が追いつかないでいた。

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