第5話 天使? いいえ、お嬢様です

 シャルハートが両親と共に、私室へ戻ると、そこにはブレザーの制服が用意されていた。

 朝方は何も無かったのだが、きっとロロが用意してくれたのだろう。


「さぁシャルハート、これを着て、私に可愛らしい姿を見せて頂戴」


「お嬢様! このロロ、お手伝いをさせていただきます!」


「では、私は少し出ていよう。メラリーカ、終わったら呼んでくれ」


 ガレハドが出ていったのを確認すると、即座にロロは動いた。

 シャルハートの視力を以てしても、一瞬見逃してしまったほどの手際の良さ。


 気づけば、シャルハートは制服を身に纏っていた。

 その容姿も相まって、非常に可愛らしく、それでいて聡明な印象を与える。

 ロロはそのシャルハートを認識した瞬間、泣いた。


「お嬢様~~!!! ご立派に……!! ご立派になられで……!! うぇぇぇん!!」


「ちょ、ちょっとロロ! 私が泣かせたみたいになるじゃん。涙を拭ってよ!」


 その場で泣くならまだしも、思いっきり抱きしめられては流石のシャルハートも落ち着かせるしか方法はなかった。

 その、まるで姉妹のようなやり取りを見ていたメラリーカが楽しそうに笑っていた。


「あらあら。まるで母親みたいよロロ? 私の役目、いつの間にか取られちゃっていたわね」


「め、めめめ滅相もございませんメラリーカ様! 私ったらなんてことを……!」


「うふふ冗談よ。さ、ロロ。あの人を呼んできてくれるかしら? 早速可愛いシャルハートを見てもらいましょう」


 早速ロロがガレハドを呼びに行った。

 すぐに入ってきた彼はシャルハートを視認した瞬間、泣いた。


「おおおおお! シャルハート! なんて愛らしい! 天使のような子だよ!」


「ロロといい、貴方といい……シャルハートを見ると涙が出る魔法にでも掛かっているのかしら? モテモテね、シャルハート」


「あはは……でも、こんな風に喜んでもらえて嬉しいです。…………前世、相手にしていた奴らの中にも涙流させたことあるけど、こういうのは無かったし」


 これはシャルハートの心からの本音であった。

 そして、世界を敵に回していた時のザーラレイド時代のことを思い出す。

 正面からやり合おうとすると、だいたい泣きを入れられていたことと比べると、この瞬間の何と輝いて見えることか。


「ん? 何か言ったか、シャルハート?」


「いいえお父様。命の儚さについて憂いていたところです」


 嘘は言っていない。

 自分の首を取ろうと数十万の連合軍が押し寄せてきた時は殺さないように、だが、バレないように攻撃を加えていた時のことを少し思い出してしまっただけだ。

 そんなシャルハートの苦しい言い訳は誰も気づかない。

 逆に、ガレハドはその中から一つピックアップをする。


「命の儚さ、か。お前もそういう事を考えられる年齢になったんだな」


 雰囲気が違う。

 こういう時の父が次に出す言葉はだいたいが、とても大事なことであった。


「ここにはメラリーカと、そしてロロを入れて四人だけだから言っておきたいことがある」


「はい、何でしょうかお父様」


 ガレハドはシャルハートの眼をまっすぐ見つめる。


「良いかいシャルハート。これからお前はクレゼリア学園という場所へ学びに行く。そこには平民の子、貴族の子、様々な身分の者がいる。そして皆、まだ精神的に未熟な子供たちばかりだ。きっと、色々な事を体験するだろう」


「様々な身分の者が同じ場所で勉強を……」


「そして、ある時必ず来る。自分が絶対に譲れない、譲りたくない瞬間が。だけどそれを実行する時、お前は考えるだろう。家の名前と、その譲れない物、どちらを取れば良いのかってね」


「……目に浮かびます。そういう時は、どうすれば?」


「なーに、考えるまでもないさ。そういう時はね――」



 ◆ ◆ ◆



 王立クレゼリア学園。

 クレゼリア王国が建築した学校にして、あの人間界の勇者アルザを輩出したことでも知られるまさに知らぬ人はいない憧れの学校、である。

 使われなくなった土地一帯を買い取り、長い時間を掛けて建築されたその学校は、一つの城下町と言って差し支えないぐらいには広大な面積と建物の数々があった。

 そんな学園と外界の唯一の出入り口である巨大な正門への道を、シャルハートは歩いていた。


「へぇ……すごいねロロ。おっきーなー」


「規模だけならその辺の小国の城と変わりないはずです。クレゼリア王国は文武両道を重んじていますからね。その気風をそのまま具現化したような学園と聞いています」


 本来なら一人で良いのだが、それでは寂しいシャルハートが半ば強制的にロロを連れてきていたのだ。

 ザーラレイド時代は常に一人でどこかへ出向いていたので、こういう時に居てくれる人間は特別に嬉しいのだ。

 そんなシャルハートのルンルン気分には気づかないまま、ロロは自分が持ちうる限りの知識を話す。


「何を重点的に学ぶか、というのも関係してきますが、ここを卒業すると王国の騎士団だったり、魔法研究所だったりと、そこで学んだ事を活かせる場所へ働けるよう、推薦をしてくれるそうなので、シャルハート様も何か目標があれば、それに合わせた勉強をすると良いかもしれませんね」


 すると、シャルハートは立ち止まり、ロロを指差した。



「シ ャ ル」



 “シャル”、その単語を聞いたロロは顔を真っ赤にする。


「だ、だだだ駄目ですよ! メイドたる者がシャルハート様をあだ名で呼ぶだなんて! 前から言ってます!」


「私はメイドでもあり、親友でもあるロロだからこそ、そう呼んでほしいの。ということで、はい」


「しゃ、しゃ……」


「しゃ?」


「む、無理ですぅ~! もう少し時間ください~!」


「そう言ってもう何年になるんだよー」


 シャルハートは頬を膨らませた。


 あだ名という物に強烈な憧れを抱いているのもあり、ずっとロロにモーションをかけているのだが、全く呼んでくれない。

 どうやったら呼んでくれるのか、そんなことを考えていると、ようやく正門が視えてきた。


「ん?」


 シャルハートのとても良い視力はソレを捉えた。


「何だろあれ? 通せんぼ?」


 三人組の男が、栗毛の女の子の歩みを阻むように、立ちふさがっているのが見えたのだ。

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