第4話 銀の少女、剣の雨へ挑む

 これから放たれる魔力剣を前にしても臆さず、それどころか一歩前に出るシャルハート。

 ガレハドはどちらなのだ、と思った。


(前から感じていた。シャルハートが時折見せる、この豪胆さ。愚か者になるかもしれぬという示唆なのか、それとも――)


 確かめたい。

 だからこそ、ガレハドは“荒事”でも使う攻撃魔法『剣の通り雨ソード・オブ・レイニー』を選択した。

 任意の数の魔力剣を大量に降らせ、複数の相手を制圧するという魔法。当然ながら、実の娘に放つようなレベルの攻撃魔法ではない。

 故に、ガレハドは掲げていた腕を振り下ろし、火蓋を切った。


 臆してくれと、退いてくれと、私を安心させてくれと、そう願いながら。


「魔力剣、五十本。平凡な人間で精々一度に十か二十本だというのに……流石ですね、お父様」


 対するシャルハート。 父の耳に届かないよう、実に楽しげに呟いていた。

 本気で狙ってきているのがかなりある。だが、魔力剣の質を見ると、威力は相当手加減されている。

 直撃しても刺さらず、精々棒で叩かれた程度の衝撃だろう。

 自分はまだ十二の小娘。本来なら、魔力の構成を見抜くような力はあったとしてもかなり弱い。

 だからこそ言える。これはビビらせるためなのだと。


(こと戦闘において私は常に前進を選択してきた。退くことはまあ、ないよな)


 手に持つ剣に魔力を込め、魔力的に防御をするための“盾”を手に入れる。

 心の力と体の力から生み出されるは、この世ならざる力を発動させるための力である『魔力』。

 この魔力を以て、人は世界に干渉し、『魔法』を発動させるのだ。

 シャルハートが行ったのはその中でも最も簡単な事。

 だが、彼女ほどの魔力の持ち主がそれを行えば、その剣は何者をも防ぐ盾になるだろう。


「シャルハート! 避けたければ避けろ!」


 降り注ぐ魔力剣。

 シャルハートはそれらをしっかりと見据え、剣を振るった。 達人ですら目を凝らさねば捉えきれない速度でシャルハートは剣を振るう。落とす。落とす。落とす。

 そして彼女は一歩一歩足を動かす。


 魔王に後進はない、あるのは前進のみ。


 自分を狙ってくる剣だけを的確に叩き落とし、ゆっくりとシャルハートはガレハドへと近づく。

 やがて、雨は通り過ぎ。

 迎撃するため、ガレハドは剣を真横に振り抜いた。

 響く金属音。 剣と剣が何度もぶつかり合う。さながら楽曲のように、小気味いいリズムで何度も剣を打ち合い続けた。

 拮抗状態はやがて崩れた。



「私の勝ち、ですか?」



 ガレハドの胸先に突きつけられるはシャルハートの剣。

 まるで縫い止められているような圧迫感がある。

 これで、また負けを重ねてしまった。


「ああ、お前の勝ちだシャルハート」


「やりました! お父様に勝ちました!」


「とうとうお前に負け越してしまったな。シャルハートの年齢が積み重ねっていけばいくほど、お前は私に近づいてくる。それが今日、抜かれてしまったようだ」


「お父様の動きをずっと見ていましたから、それで私も食らいつこうと色々考えてきた結果だと思います」


 実際、この身体に慣れるまで“本気”で危ない時がいくつもあった。

 基本的にシャルハートは殺さないように加減して立ち回っていた。

 だが、加減をしすぎれば、あっさりと負けてしまうくらいには、ガレハドは強い。

 十二歳になり、とうとうシャルハートはその加減を覚えたつもりだ。

 だが、その覚えたつもりの力が、後に世界を壊滅しかけるほどの事態を引き起こしかけたことについては、今のシャルハートは存じ上げぬことである。


「シャルハート、よく頑張りましたね」


 メラリーカがそっとシャルハートを抱きしめる。

 シャルハートはこの抱擁が嫌いではなかった。


「貴方の鍛錬の結果、しかと見届けさせてもらいました。父に勝つ、簡単なように見えてそうではありません。だから、私は貴方を褒めます。おめでとうシャルハート」


「……ありがとうございます、お母様」


 ザーラレイド時代、誰かに抱きしめてもらうことなんてただの一度もなかった。

 あったとすれば――あったとすれば、当時の人間界、そして魔界のそれぞれに居た、無力な民草の日々の努力を搾取しようとする者を殺す際、自分の黒衣の裾を掴み、命乞いをしてきた者たちだろう。

 今更ながら、シャルハートは考えていた。


 世界全ての憎しみを向けるため、両界の悪しき者たちのみを虐殺してみせたあの時のことを。


「シャルハート」


 思考の渦に飲まれそうになった時、ガレハドが声をかける。

 その際、彼はメラリーカと視線を合わせ、頷きあったようにも思えた。


「来なさい、シャルハート。これから準備をしてもらうよ。ロロも、良いね?」


「もちろんでございます! 既に私が出来る準備は完了しております!」


「うん、相変わらずの手際だねロロ。さぁシャルハート。これから忙しくなるよ」


「えと、お父様? お母様? ロロ? 一体、何の話をしているのでしょうか……?」


 すると、ガレハドは言った。

 彼の口から出た言葉はシャルハートにとって、とてもとても、甘美で魅力的で。



「喜べシャルハート! お前には学校に行って、そしてこれからの未来をよりよいものとするために色々と学ぶのだ!」



 学校。

 それはシャルハートが、ザーラレイドが、憧れを抱いていた場所のことであった。

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