第3話 覇王の一歩
グリルラーズ家の朝食は常に全員で、が基本である。
これはガレハドが当主になった時からの決まり事であった。
家族の絆を尊ぶガレハドは、この時間を何よりも大事にしている。
「時にシャルハートよ」
「はい? 何でしょうか?」
「今日は私が出張らなければならない仕事がなくてな。久々に稽古でも、と思ったのだがどうだろうか?」
「! 喜んで! 私も久々に身体を動かしたいと思っていました!」
父と子の会話を聞いていたメラリーカはにこりと笑顔を浮かべる。
「貴方、それにシャルハート。二人が稽古をすると地面の手入れをしなければならないので、ほ ど ほ どにお願いしますね?」
その笑顔には力がある。
あの侯爵ガレハド、そして魔王ザーラレイドを以てしても気圧される。
特にシャルハートは、このメラリーカの笑顔の力には驚かされていた。
これほどの気迫を醸し出せる人間が二十年後の世界にも存在していることに、だ。
(もしもお母様が二十年前の戦場に出て来ていたなら、もう少し楽しめそうだったな)
美味しい朝食をとった後は、お待ちかねの稽古の時間である。
……その前に、やることがある。
「ちょ! シャルハートお嬢様!? 食器を下げようとしなくていいですから!」
この世の終わりのような表情でロロが、そして周りのメイドが慌てふためく。
前世は最終的には一人ぼっちになったため、身の回りのことは全て自分でやっていたことが主な原因である。
シャルハート自身はいいだろう。前世に染み付いた癖を行っていただけである。
だが、使用人からすれば、一大事なのだ。 これでは立つ瀬がなくなってしまう。
「あ……ごめん、ロロ」
「シャルハートお嬢様はドーンと構えていてください! こういう事は私たちの役目なんですから!」
シャルハートが何かをやらかした時、こうしてロロは一言物申す。 傍から見れば、物珍しいだろう。
だが、これはロロ自身の性分であり、また、他でもないシャルハート自身がそうさせているのだ。
シャルハートにとって、ロロは耳を傾けるに値するだけの人間なのだ。他に替えはいない。
他の使用人は皆、少し遠慮している。 しかし、ロロだけが臆さず、彼女に言葉を投げかけられる。
そこが、シャルハートがロロを気に入る最大の理由。
前世から常に一人だったザーラレイドにはいなかった者、それがロロと言っても差し支えない。
「う~ん……久々に皿洗いしたい気分だったんだけどなぁ」
残念がるシャルハートを見ていたメラリーカはロロにこう言った。
だいぶ、ありえないことだ。
「ロロ、シャルハートに皿洗いをさせてあげてください。屋敷で働いてくれている者たちとの交流も、この子にとっては大事な時間なのです」
「め、メラリーカ様がそう仰るなら断る理由はありません! じゃあシャルハート様、遠慮せず手伝ってもらいますよ!」
「お任せあれ! お母様、ありがとうございます!」
「他人の目線で物を見られる人間になりなさい、というのがグリルラーズ家の教えの一つですからね。存分に励みなさい」
この柔軟さは見る立場によれば、賛否両論となるだろう。
だが、シャルハートはこの家の考えがとても好きなのであった。
◆ ◆ ◆
「さぁ! シャルハート! 稽古の時間だ!」
「よろしくお願いします! お父様!」
共に刃を潰した剣を握っていた。
グリルラーズ家の歴史は荒事と共にある。
一歩出れば鉄火場。だからこそ、言葉は悪いが、木剣などと現実味を感じさせない武器で稽古はしないのだ。
「頑張れ~お嬢様~!」
ロロはシャルハート付きの侍女故、遠く離れた所から声援を送っていた。
彼女は主が生き生きと動く様が、好きであった。身体を動かしている瞬間は、何者でも縛ることの出来ない“自由”を感じるから。
「ルールはいつもどおり何でもあり。武器を落とすか、地面に身体をつけるかだ。グリルラーズの稽古は常に実戦形式と相場が決まっている。怪我だけはするなよシャルハート」
「もちろん。怪我なんかしようものなら、大事になってしばらく稽古がなくなるでしょうから、気をつけます!」
「よくぞ言った」
見学していたメラリーカの号令で稽古が始まる。
「いくぞ」
まずはガレハド、大上段の構えで様子見。
対するシャルハート、まずは先制の一撃を振るってみせた。
シャルハート自身は軽く小突いた程度。だが、ガレハドを防御ごと後ずらせてしまう。
「相変わらず重いな」
父の声が届かないほど、シャルハートは今の一撃について思考を巡らせていた。
(……当然だけど、年齢が積み重なるに伴い、身体が出来ていく。具体的に言えば、筋力が増す。力加減を間違えると、刃引きした剣は当然として、お父様までも木っ端微塵にしてしまうな、これは)
幼少期はまだ良かった。
だが、近頃は思春期を迎えるにあたり、色々と気を使わなくてはならなくなった。
これをしくじれば不幸になる。
自分が、ではない。相手が、だ。
「剣のキレや良し。ならば次はどう凌いでくれるシャルハート!」
ガレハドの周囲に、この世ならざる力である『魔法』を行使する合図でもある魔法陣が展開される。
魔法陣から覗くは剣であった。 魔力のみで構成された魔力剣。その一刺しの威力は術者の塩梅に左右される。
その数、非常に手加減して、五十本。
常人、後ずさる。
シャルハート、一歩前に出る。
この差こそ、父親ながらガレハドが畏怖するところでもあった。
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