第2話 銀髪の少女

 時間を巻き戻そう。


 ここから語られるのは、元“不道魔王”、シャルハート・グリルラーズがクレゼリア学園の入学試験に臨む前の物語である。


「ふぁ……きゅぅ」


 フカフカのベッドの上で、朝日を浴び、心地よい目覚めをするは銀髪の美少女シャルハート・グリルラーズ。

 今日も一日、無事に目覚めることが出来て、安心してしまう。

 前世ならば、寝ている最中に攻撃魔法を撃ち込まれているなんてザラにあったので、これほどまでに快適な睡眠を送れることに至高の感謝を捧げる。


 それもこれも全部、この彼女の生家であるグリルラーズ家のおかげである。

 クレゼリア王国の貴族の中でも、“汚れ仕事”が専門のグリルラーズ家ともなれば、防衛も堅い。


「やっぱり、争いのない世界って良いなぁ」


 シャルハートが現世に復活して、真っ先に感じたことはこれである。

 二十年前はもっとピリピリしていた。


 だが、今はどうだ。


 そんな事は微塵も感じられない。


「元々あそこで死ぬ気だったし、あとはそこそこ自由に生きて、そこそこ自由な死に方が出来ればもう言うことはないよなぁ。だけど、何でまたこんな姿で転生出来たのか……」


 彼女の復活は、本当に偶然だった。

 その偶然の原因となったのは、完全自動蘇生魔法『生命は続くコンティニュー』にあると見ていたシャルハート。

 どれほど塵になろうが、粒子一欠片でも残っていれば即座に復活できるという禁呪の一つ。

 この魔法を一回行使するにあたって必要な魔力は、天才基準でいってもその人生を数百は捧げなければ足りない魔力量。


 だが、魔王ザーラレイドはその魔法を“一億回”重ねがけ出来た。


 そのおかげもあり、死ぬことはまず前提としてあり得ない。

 しかし、ザーラレイドは決戦の際、その場で死ぬつもりで魔法を解除していたのだ。

 解除していた魔法が、こうしておかしな発動の仕方をしたことについては、一つだけ心当たりがある。


極光剣グランハース極闇剣メディオクルスが同時に私を貫いたせいとしか、考えられないよな」


 極光剣きょっこうけんグランハース。


 極闇剣きょくあんけんメディオクルス。


 人間界と魔界のそれぞれに伝わる最強剣の名称。手に持てば、無敵の力が約束されるという剣。

 ただでさえ、それ一振りが天地を切り裂くとされるソレが、同時に一人の途方も無い力を持つ者へ突き刺さればどうなるのか。


「……その解となるのが、これか。解除していた自動蘇生魔法を起動させたばかりか、一億回分の効果がたったの一度に凝縮された結果、シャルハートが生まれた」


 憶測の域を出ないが、大きく間違ってはいないだろう。

 少し考え、やがて思考を止める。 とうに過ぎ去ったことである。

 今は、偶然にも拾った新たな人生を楽しもう。

 決意を新たにしていると、部屋の扉が何回か叩かれた。


「お嬢様ー! シャルハートお嬢様ー! 朝ですよー! おはよーございますー!」


「入って良いよ、ロロ」


 すぐに扉が開かれ、“ロロ”と呼ばれたメイド服を着た少女が入ってきた。

 長い黒髪を後ろで縛っており、とても愛嬌あふれる可愛らしい顔立ちをしている。


「おはようございます、お嬢様! 今日もいい天気ですよ!」


 ロロはシャルハートの六歳上である。

 だからシャルハートにとっては、年の離れた友達のような、姉のような存在でもあった。


「うん、今日も平和だよね~。目が覚めても周りに敵がいないっていうのは本当に素晴らしいことだと思うよ、うん」


「え、て、敵!?」


「あっ……! ううん、何でもない。寝ぼけてたのかも」


 ボロを出さないように、気をつけなければとシャルハートは気持ちを引き締める。

 何せ、二十年しか経っていない。

 この状態で“不道魔王”が生まれ変わったという話が何処かに漏れでもしたら、再び世界は混乱に陥ることになるだろう。


 もしそうなれば、何のために、自分が生命をかけたかが分からない。


「朝食の用意が出来ております。ガレハド様とメラリーカ様もお待ちですよ」


「お父様とお母様が待っているのなら、早く行こっか」


「はい! それでは早速お着替えをしましょう!」



 ◆ ◆ ◆



 ガレハド・グリルラーズ侯爵。

 それがシャルハートの父の名前であった。

 王の懐刀とも称される人間で、その爵位とは裏腹に、最も王に近しいとされる存在でもある。


 ガレハドは常に沈着冷静、冷血冷酷。


 いかなる困難でも跳ね除け、いつも前を向く彼は、腹に一物抱える貴族たちからは油断ならぬ者の一人として上げられている。


「おお! シャルハート! 今日もお前は愛らしいなぁ! 愛らしいなぁ!」


 と、いうのが“外の彼”であり、“内の彼”はというと、シャルハートに抱きつき、頬をすり合わせるのが大好きという我が子ラブのパパなのであった。

 頬をすり合わせる動きに合わせ、綺麗に整えられたアッシュブロンドの短髪が僅かに動く。


「お父様、おはようございます。あと苦しいです!」


「すまんすまん、愛らしいシャルハートよ」


 すると、母親であるメラリーカが少し呆れ気味に声をかけた。


「貴方、あまりベタベタしていると大人になった時、シャルハートから嫌われますよ?」


「なっ……!」


 他でもない愛妻メラリーカより、綺麗な長い銀髪を手でかき上げながらそう言われるものだから、ガレハドに電流走り、崩折くずおれる。

 彼にこのような顔をさせることが出来るのは世界でたった一人、メラリーカだけであった。

 ガレハドが暴走し、メラリーカがたしなめ、ロロがオロオロする。

 これが日常。これが、シャルハートが望んでいた小さな幸せ。

 魔王ザーラレイドの時に決して手にすることが出来なかったものが、ここにはあったのだ。

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