第8話 ロロ以外のお友達
「あ、あの!」
とうとう潜ることの出来たクレゼリア学園の正門。
そこを過ぎた辺りで、ミラが声をあげる。
「ん? どうしたの?」
「えと、さっきはありがとうございました。助けてくれて……まだ、私、お礼も言えてなかったので」
あまり話をするのが得意ではないミラはせめて目を合わせようとするが、それでも目が泳いでしまう。
シャルハートにとって、しっかり視線を合わせて喋ろうとしてくれていることが、何より嬉しかった。
ザーラレイド時代など、誰も目を合わせてくれる者などいなかったのだから。
いや、二人だけ居た。
(なんだかんだでアルザ、ディノラスは私としっかり目を合わせてくれたよな……まあ、途中からは仕方なかったとはいえ、色々複雑だったけど)
ふいに両界の勇者の顔を思い出してしまったシャルハートはどこか懐かしい気持ちになりながらも、精一杯の勇気を振り絞るミラへ返答する。
「どういたしまして。私はああやって自分の努力ではない部分で、人を下に見る行為が許せなかっただけだったの。でも、その性分で貴方を、ミラを助けられて良かったなって」
「あ、えと、その、さっきの“友達”と仰られていた件だったのですが……」
「あぁ! そうだった、大事なことを忘れていたよ!」
「や、やっぱり! そうですよね!」
ミラはある意味、ホッとしていた。
さっき彼女が言っていた“友達”というのはあの場を切り抜ける方便に過ぎない、と。
こんな素敵で、度胸がある存在と“友達”だなんて恐れ多いことこの上ないのだ。
確かにミラ自身、友達を作りたい願望はあったが、流石にこの銀髪の美少女とは釣り合わない。
自分の身の丈に合った者と一緒になるのが一番。
少しの間とは言え、夢を見せてもらったことに、ミラは感謝をする。
「さっきはあんな状況だったからもう一度自己紹介させて欲しいな。私はシャルハート・グリルラーズ、お友達になってくれてありがとう! これからよろしくね!」
「ええ!?」
「え!?」
シャルハートは冷や汗が流れていた。
もしや、ミラは友達になるつもりはなかったのかと、口にこそ出さなかったが、そんな悪い“もしかしたら”が浮かんでしまう。
折角ロロ以外に友達が出来そうだというところで、何たるどんでん返し。
シャルハートは泣きそうになった。
そんな彼女の様子に気づいたのか、ミラは恐る恐る今の言葉を確認する。
「無礼を承知で、申し上げます。私、シャルハート様と友達って……あの時は、あの場を切り抜けるために言ったその場での発言かと思っておりました……」
「えぇ!? 違うよ! 私は貴方と本当に友だちになりたくて、言ったんだよ!?」
「ほ、本当ですか……!? 私なんかが……平民生まれの私が、シャルハート様と友達って、それ許されるのですか……!?」
「友達を作るのに、私は生まれを気にしたことなんて少しも無いよ? だから、その、本当に私とお友達になってくれたら嬉しいなって」
しばらくミラはぽかんとしてしまった。
侯爵家の娘が、こんな自分と友達になろうとしてくれている。
まだ信じきれず、嫌な妄想ばかりが、浮かんでくるがそれでも、頬を染め、ソワソワするシャルハートの姿には少なくとも冗談の意図は感じられず。
「は、はい……本当に、私なんかで良いのであれば、ぜひとも」
「やった!!!」
“良いのであれば”の辺りでシャルハートは右手を空へ突き上げていた。
そして、恥も外聞もなく、純粋な雄叫びをあげてしまう。
これほどの高揚感はザーラレイド時代でも指で数えられるくらいしか無い。
こんな達成感に満ちたのは、三日間不眠不休で人間界と魔界の軍勢を殺さずに追い払いきった時以来であろう。
するとミラが周囲を見回し、慌てだす。
「しゃ、シャルハート様! 皆見てますから!」
「あ、そう! それ!」
びしり、とシャルハートが指差す。
「私とミラはもう友達なんだから、“様”は止めよ? それに敬語も」
ここまで来たら、今更恥ずかしがることもない。シャルハートの勢いに感化されていたミラは、一瞬戸惑いながらも首を縦に振った。
返事をするため、早速だが、ミラは切り替えようと努力を開始する。
「う……ん、分かったシャルハート……“さん”」
「シ ャ ル ハ ー ト」
「ゆ、許して! これが私の精一杯! 精一杯だから!」
「う~ん……、まあ後々完全に呼び捨てかあだ名にしてくれればいっか。うん! ありがとうミラ!」
一悶着あったが、これで本格的に交友関係が始まったシャルハートとミラ。
ミラの方はまだぎこちないが、それでも今までと比べて“堅さ”はなくなってきていた。
「ところでミラ、私たちの教室ってどこかな? その辺全然分からなくて」
「え? これから私たち、入学試験だよ?」
「え? 私、お父様から制服もらったよ? 今日は着なくてもいいらしいから私服で来たけど……」
どうも話が噛み合わない。
シャルハートは直ぐに、特定の相手と思考のみで会話をすることが出来る魔法『
会話の相手はもちろん信頼の置ける従者であるロロ。
(ロロ、私だよ。シャルハート)
(シャルハート様? どうされたんですか? もしかしてお忘れ物ですか?)
(ううん。そうじゃなくて聞きたいことがあるんだけど、私って入学試験を受けるの?)
(へ? ガレハド様、仰ってなかったのですか? そうですよ、シャルハート様。クレゼリア学園には生徒の力を把握するための入学試験があって、今日来ているのはその試験を受けるためですよ)
カシャカシャとパズルが組み立てられていくのを感じる。
そうなってくると、今度はあの制服である。
そもそも、まだ生徒にすらなっていないならば、あの制服は何だったのか。
それを聞いたら、ロロは非常に気まずそうに答えた。
(……ガレハド様が、シャルハート様は億が一にも落ちる可能性がないから、先にクレゼリア学園から制服を購入していたという話、本当だったのかもしれません……)
(お父様ー! 何か色々順番間違っていますがー!?)
これ、お母様は知っているのだろうかと。
シャルハートには、ガレハドがメラリーカに絞られる未来が何となく、視えてしまった。
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