第79話 一呼吸待てして

「……レイオンが私を好きで、私がレイオンが好きになれば、実家に行ってもいいって」

「え?」

「ええと、そう、相思相愛になれたらよしって」

「……成程」


 意外な条件だったのか口元に手を当て考えている。


「ま、まあそういうこと」

「そうか」


 体調もすっかり良いらしいし、逆にこちらに来てくれるとも言ってくれてる。

 もしかしたら会えないんじゃないかと思った時もあった。会うことが叶う。あんな別れ方したけど、会えるとなったら嬉しいだなんて、祖母に甘いだろうか。


「御祖母様ったら変な条件出してきて、ひどいものでしょ?」

「……だからあの時は伺えなかったのか」

「御祖母様ってそういうとこは頑固だし言わないから。私もあの時は行ったって無駄って思っちゃったとこもあったし」

「ふむ」


 祖母の文面はとても端的ではたから見ると冷たいと思われるかもしれない。


「私の手紙には話を聞いてあげなくもないですって書いてあるの」

「そうか」

「急に嫁いだ時も説明が不足していたとかなんとか言ってて」

「それは突き放す為で、敢えて言わずにいたと、こちらの手紙に書いてあった」

「はは、やっぱり。そんな説明ないし」


 本当ツンデレすぎよ。レイオンの手紙ないと分かりにくいわ。


「はは、でもよか、った、な、って」


 言い切る前にするりと頬を涙が伝った。


「メーラ」

「あ、ごめん、なんだか、こう、感極まって?」


 拭うけど止まらない。

 次から次へと溢れてきてしまう。


「ごめん、なんか、止まらない」


 何度拭っても止まらなかった。ああもう今日の私の感情は忙しないわね。少し落ち着かないと。御祖母様があの雪の日に生死をさまよったわけでもないのに、どうにも嬉しい気持ちが抑えられない。会えると思うと嬉しい。

 あの時会えなかったから余計に会いたい。私の結婚を勝手に決めて勝手に手続き済ませて、理不尽だと思った時もあったけど、やっぱり好きだもの。会いたいに決まっている。

 それが叶う。叶うと思うとあの時我慢していたものが溢れ出した。


「すぐ、止めるから」

「メーラ」


 腕でごしごし拭ってたら、その腕をレイオンにとられた。

 そのまま私の腕を伝い掌へ移動して指先を絡めてくる。


「レイオン」


 無駄な動きなんてどこにもないまま、するりと私の頬に唇を寄せる。生あたたかく湿ったものが涙の跡を追った。


「ひゃ?!」


 ちょ、この人、舐めてきた!

 フォーがあの時やったみたいに。そんな、想像もしてないことされたら悲鳴しか出てこない。


「レ、レイオン! だめ!」

「……何故」

「はい?」


 いたく不服そうな顔をして私を見下ろす。


「フォティアがしていいなら、私もしていいだろう」

「そ、それはさあ!」


 わんこがやるのと人間がやるのでは破壊力が違うんだって! フォーとならほのぼので終わるけど、レイオンとじゃそんな雰囲気で終わるはずないでしょ。絵面が全然違うんだから!


「フォティアだけ許されるのは納得がいかない」

「張り合わないでよ!」


 もうおかげで涙引っ込んだわ。

 自分に焼きもち焼くのもうやめよう? 不毛すぎるよ。どうしようもないもの。さっきから終始張り合ってばかりだし。なんなのもう。


「……」

「別に悲しかったり辛くて泣いたわけじゃないから」

「……」

「御祖母様に会えるって嬉しくて感極まっちゃったの。気持ちは嬉しいけど舐めなくていいから」

「……」

「こういう時はハンカチとかタオルとか出されると嬉しいかなー? って」

「……」

「あと、そういうことする前にきちんと言って。一呼吸待てして」

「……」


 フォーなら待てができるはず。ああ一緒にするのはちょっと違うかもしれないけど、でも同一人物だしなあ。

 不服がまったく抜けないレイオンを宥めるのに時間がかかる。

 どうしてされた私が言い訳して宥めているんだろう。これからハンカチ出すねで会話終わると思う。なんで無言の抵抗するのよ。


「……あー、そんなに同じことしたいの?」

「私でやり直したい」

「……どうしても?」

「ああ」


 だめだ、逃げられそうにもない。妙に頑固なとこあるから困ったものだ。まあ私も人のことは言えないけど。


「いいよ、分かった」


 あからさまに喜んでる。レイオンを優先しますと言ってるように思ってるのかな?


「メーラ」

「今舐めたのはもう終わりだからね!」

「……分かった」

「やり直しはしてもいいけど、一つ間を開けてよ?」

「何故」

「心の準備には時間がかかるものなの!」

「……」


 なんだか妙に粘ってくるなあ。

 けど、今の舐めるを強制終了させた。もう二度と舐められないようにレイオンの前で泣かなければいいだけだし。


 ぐうううううう


「……そうだ、ご飯」


 ほっとしたのか再びお腹が主張を上げる。レイオンはまだ納得してなかったようだけど、私の空腹を優先してご飯をとることになった。

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