第78話 暴力的な甘えた

「メーラ」


 甘えるような色を見せてお願いされる。卑怯だ。そりゃ私だってフォーの芸仕込みが初めてだなんてちょっとなあと思ったけど、やり直すなんて考えてなかったし、やり直すにしてもレイオンからしてくれるかなと思うじゃない。


「メーラ」

「うぐぐ」

「して欲しい」

「ぐぐう」


 無表情のくせに首傾げて掌に頬をすりっと押し付けて誘ってくる。小悪魔系女子みたいなことして!

 暴力! 暴力的な甘えた! というか、こういうとこもフォーっぽいんだから。気づけなかったことがまた悔やまれる。

 けどもう準備万端お待ちしてますな彼を目の前にしたら逃げられなかった。というか、ここに彼が来た時点でもう私に逃げ道はない。


「目! 目閉じて!」

「分かった」


 素直に閉じる。もう避けられない。覚悟を決めろ、私。


「ぐ……」

「……」


 でもさすが待てはお手のものね。なんて言ってる場合じゃないか。

 やるしかない。やり直したいのは私も同じ。これを超えれば終わる、そうだ終われる。


「……」


 瞳を閉じて微動だにしないレイオンに静かに近づく。この人、肌綺麗ね。睫毛も長い。眺めていると、レイオンの瞼が動いた。あ、目開けちゃう。


「閉じてて!」

「……分かった」


 静かに一つ深呼吸した。レイオンがここまで頑なに求めてるのは私にもそうしたい気持ちがあるからだ。分かっているからひかない。私が嫌がっていたら、すぐに止めてくれるもの。


「……」


 意を決して、距離を詰め、そのままの勢いで唇を寄せた。

 フォーとやる挨拶とは違ってきちんと時間をとったし文句は言われまい。

 少しずつ離れるとレイオンが静かに瞼を上げ私を射抜く。


「メーラ」


 離れていく私を追いかけるように近づいてきた。添えてた両手をとってくるものだから、私と彼の間に手を挟むこともできない。


「ちょ、」

「もう一回」


 やり直しに数は必要ないでしょ。そんな期待に瞳揺らして近づいてこないで。心臓持たない。


「ま、まっ」

「嫌だ。したい」


 ぐうううううううううう


 このままじゃ二回目されちゃう、と思った時、場違いな音が盛大に響いた。うわあ。


「……」

「……」

「……空腹か?」

「……うん」

「……」

「……色々ごめん」


 台無しにしてごめんなさい、という言葉しか出てこない。私の心臓にとっては助かるけど、レイオンやこの空気的にはアウトだろうな。

 とても正直なことに朝なにも食べずに出たから、そろそろご飯が欲しいらしい。私のお腹は今日も健康だ。


「ああ」


 レイオンの拘束から逃れる。

 タープの外に出てごそごそした後、戻って来た手にはバスケットがあった。


「持たされた」

「……準備よすぎ」


 レイオンの屋敷の家令は仕事できすぎでしょ。朝ご飯のセットがバスケットの中に入っている。こうなるって分かってたわけ? それはそれで腑に落ちない。


「それと、もう一つ手紙が」

「私宛て?」

「そうだ。私にも別で来ていたが」

「誰から?」

「ペズギア様」


 分かりやすいってぐらい目が開いて驚いてしまった。

 祖母から手紙がくるなんて思っていない。少し緊張しながら恐る恐る封を切った。


「……」

「……」

「……御祖母様、家に行っていいって」

「私への手紙にも書いてあった」


 なんで? 確かに祖母の言う条件はクリアした。私もレイオンも互いに好き合っていて、書面だけじゃない夫婦になれたけど、それは本当最近、というか言葉にしたのは今さっきだ。

 何も報告してないのに祖母が知るはずない。


「タロメから話を聞いたようだ」

「御兄様?」


 なにをどう話したのかは分からないけど、第三者から見ても私たちは夫婦として仲睦まじく見えたってこと?


「元々君が攫われたと聞いて気が気でなかったから、心配や励ましの気持ちもあったのだろう」

「そんなこと、ここには」

「君宛の手紙には書かれていないだけだ。私の手紙には攫われた事を心配する旨が書かれていた。過去の事を思い出し苦しんでないか、怪我をしていないかと仰っていたな」


 私宛の手紙は随分淡々としてるようだけど、レイオン宛のは違うらしい。

 私の手紙には約束はクリアされたと書かれ、仕方ないから会ってあげましてよレベルの内容だ。


「メーラ、ペズギア様と何を約束した?」

「えっと」

「知ってもいいとペズギア様の手紙には書かれていた。メーラから聞くようにとも」


 全部丸投げしてきた!

 許してもらえたのは嬉しいけど、そういうのは言い出しっぺが説明すべきだと思う。


「うう……」

「前にも聞いた時、話してくれると」


 まあもう恥の上塗りを何度もしている私には怖いものなんてないか? ええいこれが真のやけっぱちだ。

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