第77話 フォーとのちゅーやり直し

「そうだ。フォティアって名前はなに?」

「ああ、フェンリルの血族としての名前だ」


 服の中に隠していたネックレスを首元から取り出して見せてくれる。間違いなく最初に見た銀色のプレート。寝る時やお風呂の時以外は大体つけているそうだ。寝る時つけといてくれれば、初めての朝ちゅんの時に気づけたのに。


「代々当主はこの名を継ぐ」


 せめてフォティアの名前がなければ、怪しいところで気づけたかも知れなかった。

 でもこうして気づかないのが暢気と言われる原因かな?  


「メーラ」

「ひょ」


 結局、許しを得ないまま抱きしめてきた。

 隣に座ったから? フォーの時はいつも隣に座るイコール抱きしめるだったものね!

 ああでも顔が見えないのは助かるかもしれない。少しこのままにしてもらってクールダウンを図ろうか。


「よかった」

「なにが?」

「君が私を拒否しなくて」

「するわけないのに」


 そりゃ恥ずかしいから一人にしてほしいけど、最終的にはレイオンのいる屋敷に戻るに決まっている。それを伝えるときゅっと抱く腕に力が入って、肩口に額をぐりぐりしてきた。やっぱりフォーだなあ。

 銀色がかった灰色の髪を梳いてみるけど、さすがに肌触りは違う。ケモ耳の感触はフォーと同じだったけど。


「フォーなんだなあ」

「メーラ?」

「実際生で見たけど信じられなくて」

「……変わるか?」


 それは元に戻った時に裸になるフラグだから折っておこう。今はレイオンの野外裸族を目に入れる自信はないからやめてとしか言えないので、体を起こしたレイオンに結構ですと丁寧にお断りだ。


「そうか……」

「その内でいいし、今はレイオンとここにいたいから、ね?」

「しかし」

「あー、レイオン。そしたらね」


 彼の両頬に手を添える。不思議そうにこちらを見る彼にさらなるお願いだ。


「顔を後ろに引いて」

「え?」

「顔、後ろに引いて」

「しかし」

「いいから」


 渋々顔を引く。挟む手に力をいれれば端正な顔がべしゃっと歪んだ。

 あの時、ちゅーを嫌がって引き下がった時のフォーと同じ顔だわ。間違いなく同一人物ですってね。


「やっぱり」

「……」

「フォーと一緒」


 手を離すとレイオンが少し気まずそうだった。顔が不細工になると分かってて敢えてやるのは恥ずかしいか。

 まあこれで私がやらかした件がより確定の色を濃くしてしまった。本当に私ったらやらかしたわ。


「……初めての口付けがフォー」

「そうだな」

「しかも芸を教えるような感覚でやっちゃった」

「そうだとは思っていた」

「なんてことを」


 がくりと地面に両手をついてしまう。初めてのキスが彼自身と知らずに芸の仕込みで済ませてしまっていた。ロマンも甘さもどこにもない。


「フォティアとの口付けは嫌だった?」

「違う」


 そうじゃない、そうじゃないんだって。むしろフォーとちゅーするのは大歓迎だ。


「ではどういう意味で?」

「……その、レイオンと初めて口付けするなら、もっとこうそれらしい雰囲気で……いやもうやめよう。この話はもうなしにしよ」


 仕方なかった。そもそも知らなかったし過去のことなんだから取り返せない。

 あの時妙にフォーが抵抗してたから不思議だったけど、それも当然のことだった。私、色々間違えてた、どんまい。


「やり直すか?」

「ふあ?」


 至極真面目に言ってきた。私の反応に首を傾げる。


「あの時は君からしてくれた」

「ふお」

「手を」


 私の両手をとり、きちんと土を払ってから自分の頬に添えさせる。

 どうぞと言わんばかりの顔をされた。


「わ、私から?」

「フォティアでなくて私が良いのだろう?」

「ええ?!」

「フォティアとの方がよくなったか?」

「フォーとのちゅーは嬉しいし癒しだからいいんだけど、そこじゃなくて、」

「やり直したいのでは?」

「まあ最初はレイオンの方が良かったって、さっき思ったけど」


 嬉しそうに瞳を輝かせた。レイオンてば自分自身であるフォーに焼きもち焼くから、私の今の発言はフォーに勝った感あっていいのかもしれない。なんで比べる必要あるのかな。自分じゃん。


「なら問題ないな」

「へ?」

「私も君との最初の口付けがフォティアの姿でというのは嫌だった」


 だからやり直して欲しいと言う。


「あの後、私の誕生日にレイオンがここでしてくれたので清算しましたでよくない?」

「フォティアとの口付けは君からしてくれたものだから全然違う」


 なぜか粘ってくる。なんなの。

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