第51話 王太子殿下の恋バナ

「まあレイオン、お前がこうなるなんてなあ? 思ったより独占欲強いな?」

「五月蠅い」


 揶揄う様にレイオンを肘で突く。それに対しレイオンは変わらず無表情で切り捨てた。


「自分の瞳と同じ色の宝石なんてよ~ガラじゃないだろ?」


 私の身に着けている宝石を指して言う。

 誕生日にもらった宝石の内の一つを今日は身に着けてきた。あの時、フォーの目の色と同じと言った宝石だ。


「……そっか」

「メーラ?」


 あの時レイオンが不機嫌になったのは彼の瞳の色じゃなくてフォーの瞳の色だって言ったからだ。自分より先にフォーを思い描いたことに焼きもちを焼いたのね。今更分かるなんて遅すぎる。


「なんでもない。それに御兄様、私この宝石、とても気に入ってるの」

「ん? そうか?」


 レイオンが嬉しそうに目を細めた。今更になるけど、ここでせめてものアフターフォローをさせてほしい。どちらの瞳の色にしろ、私が気に入っている宝石であることに間違いないしね。


「んじゃ、王陛下んとこ行くか?」

「え? 王太子殿下ではなくて?」

「あいつはいーんだよ。一番偉い人間に挨拶しといた方がいいだろ?」


 旧知の仲故に扱いがぞんざいだった。そして御挨拶自体も主役が王太子殿下だからか、王陛下に対してはそこまで堅苦しいものでもなく軽く済んでしまう。

 と、挨拶が済んだかと思いきや、二人が陛下に呼ばれる。私は同席を控えるようにとのことだった。


「しかし、」

「レイオン、私は大丈夫だから」

「一人は駄目だ」

「でも王陛下が……」


 呼び出しで駆り出された騎士も戸惑っている。陛下の呼び出しに妻の同席を伴わないというのはままある話だ。わざわざ外すよう言っているのなら、それは守らないといけない。けどそれで私が一人になるのがどうしても嫌だと言う。


「それなら僕が夫人の御相手をしようじゃないか」


 背後から声がかかった。


「王太子殿下」


 今日の主役が現れた。妻である隣国シコーフォーナクセーの元王女殿下はいない。辺りを見回すと察した殿下がご兄弟、シコーフォーナクセー王子殿下たちと歓談中だと教えてくれる。


「父上の命令には従っておけって」

「分かった。ほらレイオン行くぞ」

「……ああ」


 不服そうな雰囲気そのまま王陛下の元へ去っていく。

 さて私も丁度いい。兄でもレイオンでもない他人とお近づきになれるかは重要なところだ。レイオンの話では王太子殿下ですらだめだったようだけど、実際彼には何度か会っているし、レイオンが懇意にしていることを考えれば、最初に会う人間としてはハードルが低めでいいと思う。

 私の治療に利用することだけは心の中で謝っておこう。ごめんなさい、ありがとう。


「去年は会えなかったから、今年は会えて嬉しいよ」

「ありがとうございます」


 存外大丈夫そうだ。手は震えないし、息もきちんとできてる。血の気も引く感覚はなかった。距離を詰めてこないから、距離をとろうという気もしない。

 王太子殿下は数える程しか行ってない社交界の記憶のままのいつも通りの微笑みだった。


「レイオンはどう? 何考えてるか分かりにくいと思うけど」


 のっけからズバっと言ってくれるのね。確かに無表情には戸惑う場面が多かった。


「とても良くして頂いています。最初は戸惑いましたが、今はそれ程でもありません」

「そう? 良かった」


 レイオンとは領地報告の件で定期的に会ってるんだけど、と殿下が続ける。


「ここ一年で結構変わったから気になっていたんだ」

「変わったとは?」

「君を理由に色々断られる」

「ぐ……」


 王城客間に宿泊していけばいいのに、屋敷にすぐ帰りたいと言って断られるらしい。何故かと問えば、私との食事と睡眠があるからと言うらしい。もっとオブラートに包んで断ってよ。


「まあこっちも結婚したから夜通しで酒を飲むなんてこともしないけど、何かにつけて君の名前が出てくるから」

「んんん」


 レイオンてば私のいない場所で、しかも殿下の前なのにどういう発言をしているの。


「あいつ見てると、ご主人様って尻尾振ってる犬みたいでさ。面白いから生で二人の事見たいなとは思ってた」

「左様で……」


 なんか最近の懐き具合はそんな感じしてたけど、他人から見てレイオンがそう見えるなら彼は変わったのだろう。でも犬みたいって男の人には傷つくのでは? まあ実際尻尾振ってる姿は犬だと思ってしまったから何も言い返せない。


「で、夫人。君はレイオンの事どう思ってるの?」

「どう思うとは?」

「愛してるかってこと」


 王太子殿下は、単刀直入すぎる? と笑顔で首を傾げた。分かっててやっているのに悪びれもしない。


「無理なら応えなくてもいいよ?」

「応えたくないわけではないんですけど」


 王太子殿下の要望なら本来応えるべきだろう。それでも今は応えたくない思いがあった。


「殿下は私たちが急に結婚して、関係が浅いというのはご存知でしょうか」

「うん。その手続きに許可のサインしてるし」

「そのような事情もありまして……実はまだ私、彼に言葉で伝えたことがないんです」

「へえ」


 ということは、レイオンは君に伝えたの? とダイレクトにきいてくる。察しが良すぎる。どこの言葉にそんな片鱗あった?


「ええと、そちらは夫にきいてもらえればと。その、私からの最初は……最初だけはきちんと本人に伝えたいんです」

「ふうん?」


 それってつまり好きってこと? と恋バナ好きな女子みたいな反応をしている。苦笑するしかない。


「王太子殿下の思う通りです」


 いいねえ羨ましいなあと笑う。自分たちだって新婚なのに、羨ましがることないでしょうに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る