第50話 王城入り

「レイオン、耳と尻尾! 戻せる?! てか戻して?!」


 王都に入ってもレイオンは満月の状態そのままだった。

 時間の経過としてはとっくに引っ込んでておかしくないのに。


「……もう少しこうしていたい」

「ええ……」


 ただでさえゆっくり馬車を進めている。予定よりは遅めに到着だし、これ以上は延ばせない。

 当の御本人は私の膝に顔を突っ伏して顔すら上げようとしない始末。くすぐったいから太腿と太腿の間に鼻を突っ込むのはやめてほしい。


「もおおお後でいくらでも膝枕するから!」


 戻してって訴えると、耳と尻尾がぴくりと反応する。


「本当に?」

「え?」

「いくらでもしてくれる?」


 満月関係なく? と念を押される。今そこを論議する必要はないでしょ。でも背に腹は代えられない。

 もふもふを充分に堪能したし、体調悪い中ここまで頑張って来たのだから、後々彼の願いを叶えてもいいだろう。


「うん、するから。満月じゃない時もするから」

「分かった」


 すっくと起き上がり、背筋を伸ばして隣に座る。すうっと耳と尻尾がなくなった。ひとまずどうにかなってよかったと胸を撫で下ろす。


「行こう」

「うん」


 久しぶりの王城は活気づいていた。けれど今まで見てきた生誕祭とは違う点が一つある。


「厳重ね」

「王太子殿下を悩ませている案件でもあるから」


 厳戒態勢だった。今日はこの場に私以外の元聖女候補も来ている。王城へ不届き者の侵入を許していた過去がある故に、二度もできないという思いも含まれているのだろう。騎士たちの緊張感が伝わってきた。

 というかさっきまでの甘えたケモ耳状態なんて微塵も感じさせないのはどうなの。耳あっても困るけど、それにしたって変わりすぎじゃない?


「挨拶を済ませたら、すぐに帰ろう」

「レイオン、体調が?」

「私は問題ない」


 少しばかり気だるげな様子を見せていた。それに気づいているのは私ぐらいだと思う。耳と尻尾は引っ込んでるけど万全とは言えない。


「君は大丈夫か?」

「レイオンがいるから平気」


 トラウマ云々以前にそもそも今日王城にいる時点でいつになく緊張している。周囲の空気もあるけど、私が過去のトラウマをまだ抱えていると自覚してしまっているからだ。

 私の手を取る彼が少し力を入れてくれた。


「無理はしないように」

「うん」


 入城してもそこまで好奇の視線に晒されることはなかった。私に対してもレイオンに対してもなにか特別に言われている様子でもない。


「メーラ」

「御兄様!」


 久しぶりに兄と再会した。変わりない姿と懐かしく感じた声にほっとする。

 今回、父と祖母は来ていないようだった。兄の声ですら懐かしく感じるのなら、父と祖母と会ったらどう感じるのだろう。一歩間違えると泣くかもしれない。


「御祖母様は元気だから」

「よかった」

「お前、あん時来ればよかったのに」

「……行けるはずないでしょう」


 あの約束を兄は隣で見て聞いていた。私と祖母の性質もよく理解してるなら、私が行くはずもないことを理解しているはずだ。


「今のお前達なら行けんじゃねえの?」

「それは……」


 私が返事をしていないのに?

 自覚はしたけど急な認識に色々追い付かなくて保留にした。端から見れば条件クリアだけど、レイオンは私の気持ちを察していたとしても知らない。


「今なら行けるのか?」


 レイオンが無表情の中、嬉しそうな声音を出した。祖母が倒れた日に、叶わないかもしれないと言ったことを覚えていたようだ。兄の行けるかもしれないという言葉に期待している。


「お前知ってんの?」

「いや、詳細までは」

「ふーん」


 兄が面白いものを見る目で私に視線を寄越す。言わないでよ、と目線だけで訴えた。


「ウケるわ」

「御兄様!」

「へーへー」


 まあ心配すんなよとレイオンの肩を軽く叩く。

 兄からは言わないのだと理解して、私に視線をおろして話してくれないのかと訴える。


「……今度話すよ」

「今度」


 言葉を続けないまでも、いつだと言わんばかりの圧だった。


「その、この前話すって、レイオン待っててくれるって言ったのと一緒に」

「分かった」


 楽しみだと言う彼はうきうきしてるような気がした。少し頬に熱がくるもなんとか堪える。

 兄がにやにやして私達の様子を見ていた。


「メーラ、お前変わったな」


 しみじみした目を向けられたので首を傾げる。そんな抜本的に変わった記憶はないけど、兄に見える私は以前と全く違うらしい。


「綺麗になったぜ」

「本当?」

「ああ、なんだかんだうまくいったな」


 よかったと笑う。

 私が想像している以上に、私の家族は私のことを心配してくれているのだろうか。

 そう考えると少し嬉しかった。レイオンと一緒に堂々と実家の敷居を跨ぐ想像をして、ここにはいない祖母と父に思いを馳せる。今の私とレイオンの姿を見て喜んでくれるだろうかと。

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