第49話 今後もケモ耳と尻尾はあってよしだ

「王太子殿下の生誕祭?」

「そうだ」


 去年は新婚だったからを理由に王太子殿下の方から参加しなくてよいと言われていたらしいけど、今年はとレイオンが話を持ってきた。

 王太子殿下とは旧知の仲であるのも勿論だけど、貴族として当然王城へ入り祝うのが通例だ。王都では生誕日一週間前から祭りが開かれ、冬の終わり春の始まりに相応しい一際賑わう季節になる。


「準備するね」

「しかし」


 慣例では夫婦同伴は必須だ。けどレイオンは私が一緒に行くのを渋っている。


「レイオンがいれば社交界はどうにかなるよ?」

「それでも心配だ」


 男性に対するトラウマが完治した保証はない。レイオンと屋敷の男性は別だから、屋敷にいる内は治ったか分からない。指先が震えた男性の多い国境線にも、あれから視察に行ってないから、治ったかを見るなら他人が沢山いる社交界に行った方が手っ取り早いと思っている。


「……あまり聞かせたくないのだが」


 このままだと知る事になるから話しておくとレイオンは苦々しく口にした。


「君を攫おうとした人間を捕まえていない」

「そう」

「加えてこの一ヶ月、かつての聖女候補が失踪している」

「失踪?」


 義姉との会話では未遂で終わっていたものが、この一週間で失踪と言う形で出ている。証拠も目撃情報もないまま失踪しているから誘拐と断言できない状況らしい。王陛下や王太子殿下は件の人攫いだと断定し動いているものの、未だ足取りも分からぬまま事態だけが悪化している。

 そういう時は現行犯が一番な気がするけど、レイオンが驚きそうだから言わないことにした。


「当然社交の場ではその話題が飛び交うだろう。メーラの心を煩わせる」

「……そう」


 聖女候補という拉致対象として見られ、噂好きの貴族がなにか変わったことはと近づいてもくるだろう。よりトラウマと相対するのは分かりきっている。


「それでも行く」

「メーラ」


 ただ、とその後の言葉を引っ込める。彼は不思議そうに首を傾げていた。次に私を心配してくれているのか、眉根を少し寄せて痛みを伴う表情を覗かせている。こくりと喉を鳴らしてから、思いきって言うことにした。


「側にいてね?」


 ぐっと喉を鳴らすのが聞こえた。


「ああ、勿論だ」


 どこまでも優しいんだから。

 その献身と気遣いが、私の彼に対する気持ちを特別にしたことを彼はまだ知らない。前のやり取りで察しているかもしれないけど、はっきりと口にはしていないから。


「王城入りは満月の後?」

「いや、満月終わりから出立しないと間に合わない」

「大丈夫なの?」

「今ならそのぐらいから外出しても問題ないだろう」

「分かった」


 ほぼ一年、睡眠と食事を一緒にとるようになって、いくらかマシになったようだった。

 相変わらず一日は部屋に籠らないとだめだけど、今では私と同じ部屋にいられるレベルになったのだから改善されたととっていいだろう。

 その代わり、満月の日は決まって抱きしめてくる度合いは強いし、たまに私から抱きしめてほしいだとか妙なものを要求されるようになった。そこは少し恥ずかしい。


「メーラのおかげでだいぶ変わった」

「うん、よかった」


 多少残ったとしても日常に支障がなくなれば御の字だ。フェンリルの言う通り甘やかしがすぎるだけになる日も来るんじゃないだろうかと思う。

 というか甘やかされるんじゃなくて完全に甘えられてるんだけど、フェンリルってば言葉間違ったんじゃないの? ケモ耳触り放題は嬉しいから良しだし、治るのは嬉しいけど妙な要求が増していくのは恥ずかしいから控えてほしい。


「改善するとは思わなかった」


 悪くなることはあっても良くなることはないと思っていたらしい。


「メーラのおかげだ。ありがとう」

「どういたしまして」


 さてとレイオンが口元に手を当てて考える。


「入城するのなら、新しいドレスを用意しよう」

「今あるのでいいよ?」

「用意する」

「……そう」


 こういうところは満月じゃなくても甘やかしが過ぎる。


* * *


「メーラ、膝枕がいい」

「……うん」


 行きの馬車の中では当然甘えたが全開だった。ケモ耳をもふもふ触りながら、溜息が出そうなのを引っ込める。彼が嫌で溜息を吐くわけではないのに、彼は曲解するから誤解されそうなことは常に脳内で済ませていた。

 勿論今回は恥ずかしさに溜息だ。でもケモ耳の触り心地は最高なので拒否はしない。

 フォーと同じで触り心地がいいし、たまに反応してぴくりと耳が動くのが可愛い。尻尾もたまにぱふんと動く。大体機嫌がよくなるとこうなるので、きっと膝枕を許してもらえて嬉しいのだろう。無表情なのに満月の日だけは分かりやすい。まあ今ではすっかり感情の機微が分かるから必要ないのだけど、私の癒しという点では今後もケモ耳と尻尾はあってよしだ。


「メーラに触ってもらうのは気持ちがいい」

「そう?」


 耳と尻尾が弱点だから触らないでって言われなくてよかった。弱点でもないみたいだし、頭撫でているのとあまり変わりがなさそう。膝枕から少し体を起こした。


「抱きしめて」


 ああもう甘えたすぎるでしょ。普段こんなこと言わないし、やらないのに。

 私の肩口に額を押し付けてぐりぐりしてくる。耳と尻尾があるだけで、動物っぽく見えるのは気のせいだ。背中に腕を回すとレイオンも腕を回す。

 暫くそうしていると落ち着いて、尻尾をふりふりと振ってから膝枕に戻る。これを何回か繰り返す形だ。


「もう本当」


 前髪をかき分けてあげると気持ちよさそうに瞳を閉じる。


「なんだ?」

「可愛いなって」


 このぐらい言うことは許して欲しい。けどレイオンは少し不満そうだった。


「格好良いがいい」


 ぶすっとして言われてもより可愛いだけだよとは言えなかった。

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